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世界平和を
大樹
すばらしき人生164
 旧暦の八月を葉月と呼び、現在では新暦の八月の別名としても用いられております。葉月の由来は諸説ありますが、木の葉が紅葉して落ちる月「葉落ち月」「葉月」であるという説が有名です。

 暑い夏がやって参りましたが、いかがお過ごしでしょうか。今年は特に偏西風の蛇行が激しく、世界で異常な気温が計測されております。私たちは、暑い夏を乗り越えるために、こまめな水分補給や電気代はもったいないですがエアコンを使用しましょう。

 海面水温も年々高くなってきており、台風も巨大化しております。以前私たちが経験した伊勢湾台風クラスが多く発生する可能性もあります。自分の身体は自分で守るという覚悟が必要です。

 世界に目をやると、世の中は平和ではないことを肌で感じます。早くホルムズ海峡が安全に航行できるようしないといけないです。円安で物価が上がり、国民の生活は厳しくなるばかりです。戦争が及ぼす負の遺産が物価高に拍車をかけております。世界の人々は、戦争を嫌っていると思います。一部の人間によるエゴが不幸な結果を生み出します。世界が平和になることをこころより祈るばかりです。

 先般、盆施餓鬼先祖大法要会を開催させていただきました。暑い中、信者の皆さまのお参りありがとうございました。今月は水子地蔵尊供養会を開催します。宜しくお願いいたします。

 私がサラリーマンのときでした。静岡県から四国に転勤になり、せっかくなので家族で八十八ヶ所霊場参りをしようと思いました。徳島県の一番札所の霊山寺から香川県の八十八番札所の大窪寺まで一年ほどかけてお参りをさせていただきました。四国に住んでいないとお遍路参りをするのはとても大変です。達成でき良かったと満足しております。

 私の部下に、徳島県責任者のO課長という人がいました。彼は私と同級生であり、薬剤師の国家資格を取得された方でした。徳島県は四国で高知県と並び人口が八十万人ぐらいの小さなエリアでした。インデックスも一パーセントに満たない小さなマーケットでした。

 彼は、あまり上昇志向を感じさせない人に見えました。同級生で支店長と課長という立場の違いを本人は受け入れることができなかったのでしょう。何かを言えば反抗的な態度をとり私に反発しておりました。

 気持ちは十分解けれども、会社の上下関係には絶対的な部分があります。大人ですから、自分自身で納得してもらわないといけません。

 ある日、突然M社長(オーストラリア人)が徳島の大学病院で糖尿病専門のK教授に面会したいと私に連絡が入り、O課長にアポイントを入れてもらいました。

 後日、M社長に随行して私と課長と面談に伺いました。教授との会話が始まり、教授も本社からわざわざ社長が来てくれたことを喜んでおられました。ところが面談も終了しようとクロージングに入ろうと思った矢先に、課長が言ってはならないこと発言してしまっ
たのです。

 突然、教授の顔色が変わり腹を立てている様子が伺えました。これはまずいことになったと、私はやっきになって火消しをしました。そして、教授も少し気分を持ち直し、無事社長と教授の面談が終了しました。一時はどういうふうになってしまうのか不安でしたが、なんとか無難におさまりました。

 管理職の彼が、こんな初歩的なミスをするとは想定外でした。管理職としての勉強を再度してもらうか、それとも、おもいきって部署を変えてあげるかのどちらかです。

 私は、彼がいかにやる気を出せるかと考えておりましたが、結論から言えば、部署が変わることが一番のモチベーションになると思い彼に転勤を提案しました。

 全営業部で管理薬剤師のポジションの空きがあるか探しておりました。そして、部下なしの課長ということで彼の仕事を減らしてあげる方向でも検討しました。

 結局、埼玉の営業部で管理薬剤師のポストがありました。早速、彼をそこへ転勤させることにしました。

 その後、彼は本来の仕事に目覚め、思い切ってリスタートができたのです。サラリーマンの転勤は、自分を変える絶好の機会なのであります。

 さて、職場でも、プライベートでも、何かというと「すぐに敵をつくる人」がいます。「あの人は敵が多いからね……」と評判になるような人、すぐに周囲と衝突して、みんなから嫌われるような人が、きっとあなたの周りにもいると思います。

 まず基本的な考えとして、いわゆる「敵」というのは、自分の人生を邪魔する存在にほかなりません。

 たとえば、あなたがAという仕事をする際に、隣の人が協力してくれればスムーズに進みます。しかし、隣の人があなたと敵対する人であったら、間違っても協力してくれない。場合によっては、あれこれ邪魔をしてくることも考えられます。要するに、「敵」というのは自分の人生の邪魔をしてくる存在なのです。

 すごく当たり前の発想として、そんな「人生の邪魔者」はつくらないほうが自分の得になります。しかし、どうしてわざわざ「人生の邪魔者」をつくってしまうのでしょうか。

 すぐ敵をつくってしまう人は、自分にとっていかに損なことをしているのかを、一度冷静に考えてみることです。そもそも、人間関係というのは「相手とうまくつき合うゲーム」です。

 自分の感情をコントロールしたり、相手の動向を観察したりしながら、こちらの行動や話し方を工夫する。そうやって「何とか、うまく相手と付き合っていく」というゲームなのです。

 すぐに敵をつくってしまうというのは、結局そのゲームに負けているのです。そういう人ほどすぐに「あいつが悪い」「あの人の態度が気に入らない」と周りへの文句を言うものですが、ゲームに負けている時点で「自分の能力が低い」ということをきちんと認識しな
ければなりません。

 四十歳にもなって、依然として周囲と衝突ばかりして、たくさんの敵をつくっているようでは、あまりに能力が低すぎます。もう少し勉強をして、工夫をして、自分を成長させて「相手とうまくつき合うゲーム」を上手に進めて欲しいものです。

 そして、もう一つあります。これはまったく違う話として、世の中には「どうしようもない相手」というのがいます。自分がどんな振る舞いをしょうが、勝手に悪口を言ったり、文句を言ってくる人です。たとえば、人がどんな振る舞いをしたところで、インターネッ
トで文句や悪口を言う人はおります。そういう人たちに対しては、変に相手をするのではなく、「みんな、言いたいことを言うのは自由だからね」「自由でいいね」と思って、それで終わりと思うことです。自分が直接邪魔されるわけではないなら、そうやって「みんな
自由でいいね」と思っておけばいいのです。

 実際、言いたいことを言うのは自由だし、他人の自由を奪ってまで、「それは違う」「あんたは間違っている」「訂正しろ」なんて言って回るのは労力の無駄です。相手にしないことで、余計な労力を使ったり、敵を増やしたりしないことも大事なのです。

 それでも「相手の言葉に自分が傷つけられてしまう……」という人は、いっそのこと「前世の業」だと思ってあきらめるのが一番です。前世で、自分が相手に何かひどいことをしてしまったから、「その仕返しをしているのだ」「その報いが現世に出ているのだな」と思っておいてください。それなら「仕方ない」と思えるでしょう。

 ところで、四十代にもなると、親子の問題で悩んでいる人も多いでしょう。「子どもが何を考えているのかわからない……」「子どもとどう接すればいいのか悩む……」などの話はよく聞きます。

 親の意識として一つとても大事なのは、子どもが思春期くらいになったのなら、親は無理やりにでも卒業させてあげることです。「あなたは、もう大人になったから、親がいなくても大丈夫」「何でも自分一人でやっていける」と子供に伝えて、自分から卒業させてあげ
るのです。

 もちろん、親は思春期の子どもが一人前でないことくらいはわかっています。まだ一人ではやっていけないことも重々承知しています。しかし、子どもに対しては「もう、あなたは一人前だからね」と言って、責任と自立の意識を持たせるのです。

 「あなたはもう一人前なのよ」と言われたら、子どもだって自分でいろいろ考えるでしょうし、あれこれ悩むこともあるでしょう。でも、それこそが本人が向き合うべき「人生の宿題」なのです。そうやって、正しい宿題を子供たちに与えるのも親の大事な仕事です。

 何から何まで世話をしてあげるのが親の務めではなく、きちんとした「人生の宿題」を本人に与えて、それに向き合わせるようにすることなのです。

 たとえば、小さな子どもと向き合うとときでも「あなたは男の子だから、もっと優しくしなくちゃいけないよ」「あなたは女の子だから、もっと女の子らしいことをしたほうがいいよ」などと言います。

 相手は幼稚園くらいの子どもですから、男とか、女とか、そんなことを言われても何もわからないと思います。しかし、それはそれで何かしらを考え始めます。それが彼ら、彼女らの宿題なのです。あるいは三歳くらいの子どもでも、自分の下に妹や弟が生まれたら、いつまでもお母さんに抱っこしてもらっていないで、自分が下の子の面倒を見なければならない状況になります。自分だってまだまだ甘えたいのに、お母さんからは「あなたはお姉ちゃんだから、弟の面倒をみなきゃダメでしょう」と言われます。

 そんな小さな子どもに「お姉ちゃんだから……」なんて言われても、なかなか理解できるものではありませんが、そうやって自分の宿題に向き合いながら、人間はいろんなことに気づき、考え、成長していくのです。

 まして思春期になっている子どもなら、「もう自分は一人前なのだ」「しっかり、自分で生きていかなきゃ」という気持ちを持たせて、さまざまなことを考えさせることです。

 ところが、最近はなかなか子離れできない親が増えています。子どもを独り立ちさせることができず、いつまでたっても、自分の保護下、管理下に置こうとするのです。

 はっきり言いますが、これほど子どもの人生を邪魔し、人間を壊す行為はありません。これから子どもは社会に出て、一人前の社会人として生きていかなければなりません。辛いこともあるでしょう。厳しい競争に晒されることもあるでしょう。

 そんな人生が待っているというのに、いつまでも親が保護して、管理して、甘やかしているなんて、子どもにとってこれほど不幸な話はありません。子どもが小さいうちは、いろいろ世話をすることも必要ですが、一定の年齢になったら「はい、さようなら。バイバ
イ」というのも親の大事な仕事なのです。

 教祖・杉山辰子先生は妙法には不思議な力があると説かれました。その不思議な力を体験するためにも、妙法を深く信じることであると仰せです。妙法を信じて、信じて、信心するときに真理に目覚めると説かれました。

 常住坐臥いついかなるときも妙法蓮華経の五文字を唱えていれば、不慮の事故や災難から免れることができると仰せです。いつでもどこでも護られるということです。

 『慈悲』『誠』『堪忍』の三徳の実践もとても大事であります。教祖さまは三徳の中でも慈悲の功徳は絶大と説かれました。慈悲とは慈しみのこころのことです。具体的に申しますと「見返りを求めず 人さまに善いことをして差し上げる その方が喜んでいる姿を見て
素直にこころの底から喜べるか」どうかです。喜べたら慈しみが一つ育ったということです。

 私たちは、こころを育てないといけません。人間は自分のこころの言いなりになっております。善いことしようと思えば、善いことができるし、悪いことをしようと思えば、悪いことをしてしまう。そんな優柔不断なこころの奴隷になってはいけません。

 自分のこころは自分でないと育てられません。こころを育てて、人格を高めることがとても重要です。そうなれば必ず〝すばらしき人生〞へと高めることができるのであります。


  合 掌

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