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世界平和を
大樹
すばらしき人生157
 新年あけましておめでとうございます。今年が皆さまにとって善き年となりますよう、こころよりお祈り申し上げます。

 二千二十六年を和暦で言いますと、平成ならば三十八年、昭和ならば百一年、大正ならば百十五年、明治ならば百五十九年となります。今年は午年です。一年間精一杯頑張って走り続けてまいりたいと思っております。

 日本ではいま四季がなくなり二季の時代に入るのではないかと言われております。春と秋が短くなったと痛感しております。

 この夏の平均気温は三年連続で過去最高となり、群馬の伊勢崎では四十一・八度を観測し歴代一位の記録になりました。

 猛暑になるのも、ドカ雪が降るのも、線状降水帯やゲリラ豪雨などの水害や竜巻や大型台風などの被害が拡大して大変な問題となっております。これらの環境の変化はやはり地球温暖化がもたらす負の遺産と思われます。世界規模でこの問題を早急に解決していかないと環境破壊は加速的に進行します。近い未来のためにも、ただちにアクションを起こすことが極めて重要と思います。

 昨年の開祖祭・榊原法公先生十五回にお参りをいただきまして誠にありがとうございます。元旦祭には引き続き多くの信者さまのお参りをお待ち申し上げます。

 私がサラリーマンのときでした。静岡県の責任者をしておりました。静岡市のS総合病院副院長のI先生は、とても有名な先生でした。I先生は糖尿病の専門医で全国より三千名の患者さまを診ておられました。私は、先生が会社の意図するところを理解していただけるようにさせることが最大のミッションでした。

 まずは、最初に担当したその年の糖尿病学会に先生に初めて随行をさせていただきました。場所は、山形市で開催されましたが、宿泊は天童市の天童温泉でした。先生と二人で宿泊することになりとても緊張をしておりました。

 なかなか眠りにつけず、睡眠不足で大変な思いをした思い出があります。しかし、今後、随行するには温泉を宿泊地として選択するのは、かなり厳しいなと感じました。

 翌年は糖尿病学会が熊本で開催されました。熊本で学会を終え、熊本城や水前寺公園を観光し帰路に着きました。この随行よりホテルを選択しました。ホテルのほうが圧倒的に楽でした。

 次年は東京で、その翌年は大阪でした。回数を重ねるごとに先生を理解し、先生も私を理解していただきました。

 大事なことは、大切な最優先顧客を会社の方針へいかに向かせるか、会社にとって利益を創造してくれるかということです。そうなるように売れる仕組みづくりしなくてはなりません。

 「城を攻めるならその城の弱点から攻めよ」と言われております。先生の弱点を調査しそこから攻めるべきです。しかし、そうではないのです。先生も人間です。決して城ではありません。先生のこころに刺さる言葉を発信することが重要なのです。

 そしてもう一つ重要なのは、先生から学ぶことです。先生は医者です。私たち凡人とは違います。その先生から学ぶという姿勢を感じ取ってもらうことも重要なファクターです。

 このようにして最重点顧客を会社の意図する方向へと、向かせることが私たちの一番大事な仕事なのです。

 さて、仏教的に考えますと、人生には、自分の思い通りにならないことがたくさんあります。仕事や人間関係がうまくいかず、いろいろと苦しい思いをすることもあります。

 これまで組織の中で順調に出世してきたのに「うまくいかなくなった……」「これ以上は望めないのか……」などと感じ始めるのも、おそらく四十代くらいからではないでしょうか。これまで慣れ親しんだ部署から異動を命ぜられることもあります。またリストラされることも十分に考えられます。そんなとき多くの人が「自分は人生につまずいた」と感じるのです。

 しかし、よくよく考えてみると「人生につまずいた」なんていうのは、相当思い上がりの発想です。

 なぜ「人生につまずいた」と感じるかと言えば、「人生は自分の思い描く通りに進んでいく」という思い込み、前提があるからです。ここに大きな勘違いがあります。

 もしかしたら、これまでの人生は「概ね自分の描く通り」に進んできたのかもしれません。しかし、それがずっと続くなんて保証はどこにもありません。そもそも自分を取り巻く環境が、どのように変化し、自分に影響してくるかなんて、誰にも分りません。

 私たちにできることは、変化していく環境、状況に自分を合わせていくだけです。そう冷静に考えてみると、「人生がうまくいく」とか「人生につまずいた」なんて発想自体があり得ないのです。

 強いて言うなら、周囲の環境、状況にうまく対応できているときは「うまくいっている」と言えるでしょう。自分を取り巻く環境に対応できていないときに「人生がうまくいっていない」と人は感じるのです。

 だから、「人生につまずいた」と感じている人は、環境や状況のせいにするのは今すぐやめて、自分からその環境に合わせていくことを考えるべきでしょう。

 組織の中で部長になれず、あなたの後輩が部長になることもあるかもしれません。あるいは、これまであなたが担っていた仕事を別の人がやるようになり「君はやらなくていいよ」というケースもあるでしょう。

 そんなとき、状況を恨み、他人を妬んで「自分は人生につまずいた」と考えること自体、環境に適応できていない証拠です。

 部長という役職も、これまであなたが担っていた仕事についても、「あなたより適任の人がいるので、その人に任せます」ということになったら、その状況を受け入れ、自分に与えられた仕事を精一杯頑張ればいいだけです。

 慣れ親しんだ部署から、別の職場へと異動を命じられた際も、考え方はすべて同じです。そんなとき「人生につまずいた」と感じる人は多いかもしれませんが、世の中は無常なのですから、あなたの仕事や職場が変わったとしても何ら不思議ではありません。

 それが自然の法則であり、誰も自然の法則には逆らえません。「なんで、私が別の部署にとばされなければいけないのか!」と怒りを感じるというのは、自然の法則に逆らって、自我を張っているだけです。

 新しい仕事、職場を与えられたのなら、「さあ、イチから勉強しよう」という思いをもって、スタートすればいいのです。

 それができないというのは「自分は周りを管理することができる」「周りの環境は、自分の思い通りになる」という思い込み、妄想に縛られている証拠です。

 別にあなたは「人生につまずいている」のではなく「環境に適応できない」ということです。

 「人生につまずいた」という発想自体が間違っている。という話をすると、多くの人に「やはり自然に身を任せることが大事なのですね」と言われます。しかし、厳密にはそれも違います。自然に身を任せるのではなく、「身を合わせる」という発想がとても大事なのです。

 「身を任せる」というと、自然の法則に流されるまま、漫然と生きていくというイメージになります。以前にも「川の流れ」の例を出しましたが、私たちは、ただ川に流されていればいいというわけではありません。

 本質的に川の流れに逆らうことはできませんが、目の前に滝が現れたら、岸に向かって必死に漕ぐことも必要です。大きな岩が目の前に迫ってくれば、それを避けるためにオールを漕ぐ必要があります。

 つまり、ただ「自然に身を任せる」のではなく、その状況、環境に合わせて自分を変化、成長させていくこと。それが「身を合わせる」という生き方です。

 雨の日に「雨が降らないでほしい」と願うのは自然に逆らう生き方ですが、かといって、雨に濡れるままにする(自然に身を任せる)のがいい、というわけではありません。

 誰だって、雨が降れば傘をさすことや、レインコートを着ます。それが「自然に身を合わせる」ということです。何も難しいことではなく、ごく当たりまえのシンプルな発想なのです。

 しかし、「自然に身を合わせる」「周りの環境に自分を合わせていく」と言っても、人間は完璧ではありませんから、いろんな失敗をします。

 人間関係でトラブルを起こしたり、仕事がうまくいかず、信用を失うこともあります。四十代にもなると、「失敗は許されない」と過剰に思い込んで、一つの失敗で自分の人生が台無しなったと感じる人も少なくありません。たった一つの失敗で出世できなくなったり、会社をクビになった人も実際にいると思います。

 とはいえ、自分に降りかかってくるさまざまな状況に完璧に対応することなど、誰もできないため当然失敗はするのです。

 その失敗も含め、自然の法則なのですから、そこでいちいち気に病んでも仕方ありません。

 一つの事象が終わったら、また目の前の状況に自分の身を合わせて、できる限りのことをすればいいだけなのです。

 そもそも失敗というのは「自分の経験や能力をフルに使ったはずなのに、うまくいかなかった」という状況のことです。

 それは考えようによっては、自分に課せられた「最高の宿題」でもあります。ただ怠けて失敗をしたなら、それは論外ですが、自分の経験と能力をフル活用して失敗したなら、「最高の学びの瞬間」が訪れているということを忘れないでください。

 自分の経験や能力では、この事態にうまく対応することができなかった。でも、この失敗という経験(自分にとっての最高の宿題)を得たことで、「どうすれば、この状況にうまく対応できるか」ということを学ぶことができる。

 そうやって、周囲の状況や環境に自分の身を合わせていく術を、一つひとつ身につけていけばいいのです。

 それは感情のコントロールについても同じです。ある状況に直面したとき、「腹を立ててしまった」「相手を怒ってしまった」という失敗をしたら、それは、あなたにとって「最高の宿題」を得たわけです。そうやって、人間として成長していくことが理性的な生き方であり、もっとも大事なこころ構えなのです。

 教祖さまの語録に「悲しむ人はこころから慰め労り、飢えた人には食を与え、寒さに震える人には衣類を施す等、人の喜ぶこと、人の便利を図ること、他人が見ておろうが見ていないに拘わらず、一生懸命に実行せられ陰徳を積んで下さい。必ず陽報は子宝となってあらわれます」と、施しがとても大事と仰せです。

 先生は、妙法の不思議な力を信じることの重要性を説かれました。深く信じて、信じて、信心して初めて真理に目覚めるのです。常住坐臥いついかなるときも、南無妙法蓮華経の五文字を唱えれば不慮の事故や災難から免れることができると仰せです。いつでもどこでも護られるということです。

 『慈悲』『誠』『堪忍』の三徳の実践もとても重要です。三徳の中でも慈悲の功徳は絶大です。慈悲とは慈しみのことです。具体的に言いますと「見返りを求めず 人さまに善いことをして差し上げる その方が喜んでいる姿を見て こころの底から素直に喜べるかどうか」です。喜べたら慈しみが一つ育ったということです。

 私たちも、人のためになることを実践して慈しみのこころを育て〝すばらしき人生〞へと高めていきたいと思っています。


  合 掌

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