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大樹
すばらしき人生158
今年のお正月は三が日とも天候に恵まれ、今年一年が順風満帆に過ごせるような気分となりました。早いもので、もう一か月が過ぎました。旧暦の二月のことを如月と呼びます。まだ寒さが残っているので、衣(きぬ)をさらに着る月であるから「衣更着」と呼んでおります。現在では新暦の二月の別名としても用いております。
寒さの厳しい日が続いております。現在、インフルエンザが流行しており、A型に罹り、またしばらくして別のタイプのA型に、そして、今度はB型と三回感染する方もおられます。
風邪をひいたと安易に考えることは良くありません。風邪は万病のもとと言われております。どうかご自愛くださいますようお願いいたします。
このところ世界情勢が緊迫してきております。日本の総理大臣の発言が中国を大きく刺激し問題となっております。しかし、私見で言わせていただくと、総理は決して間違ったことを言ったとは思っておりません。ただ中国が過剰に反応しているだけと思います。現在の中国自体の景気が良くないため国民の不満の矛先を日本バッシングという方法をとってきているものと思われます。まあ、隣国ですので仲良くやったほうが今後のためになると思います。
先般の元旦祭には多くの信者の皆さまのお参りをいただきましてありがとうございました。今月は節分厄除祈願祭を開催します。お参りをいただき厄払いをして今年一年無病息災でありますように祈念させていただきたいと思います。
私がサラリーマンのときでした。四国の責任者をしておりました。香川県、徳島県、高知県、愛媛県の各県に課長がおりました。愛媛県担当のM課長と香川県のK課長が、それぞれ部下を持ち営業をしておりました。どちらも平均点の高い人材でした。
M課長には五人の部下がおりました。彼は部下育成という面では、秀でたものがありました。山本五十六の名言で「やってみせ 言って聞かせて させてみせ 褒めてやらねば 人は動かじ」のごとく上手に部下をやる気にして、行動をおこさせました。管理職は部下を育てることが一番大事なのです。
自分でやるのは簡単です。しかし、それでは部下は育ちません。歯がゆいようですが、いかに部下に仕事をさせるかが重要となります。そして、その結果、少しでも成果があれば褒めればいいのです。
褒めることはとても重要です。褒めれば必ず部下は成長します。褒めるということは、部下がやったことを評価しているということです。誰でも評価されれば嬉しいものです。たとえ成果がでなかったとしても、やさしくアドバイスをして、次がんばろうと励ませば、必ず良い結果に繋がってまいります。それは、人間関係が構築できているからなのです。
一方、香川県のK課長は、何でも自分でやるタイプでした。彼には三人の部下がおりましたが、誰一人育ちませんでした。悪循環というか、部下を育てようと考えてはいたのですが、自分の思うように部下が動いてくれませんでした。
そこで部下ができないから自分でやってしまう。そうすると成果はそれなりに出てしまうのです。しかし、部下育成という観点からすると落第なのです。確かに自分でやれば早く物事が解決するかもしれませんが、管理職は部下育成が急務なのです。そうしないと組織として部下の管理ができなくなります。そして、人間関係もぎくしゃくして、とても会社とは言えない組織になってしまうのです。
人間一人のできる仕事の量には限界があります。管理職は部下一人ひとりのスキル(能力)を上げることが大事な職務です。よく言われることに、一つ上の仕事をしろ、という名言があります。具体的に言いますと、平社員は係長の仕事を、係長は課長の仕事を、課長は部長の仕事を、というふうにワンランク上の仕事を意識して実行することが大事です。そうしないと、人間は成長できません。
管理職とは、忍耐が要るのです。我慢強く部下のことを見守り、理解し、その人に合ったプランを作成し、お互いのアグリー(同意)のもと一つの目標に向かって、一歩ずつ進むことです。そして、成果が少しでも出れば褒めることを勧めます。そうすれば、部下は確実に育ち組織として完成されるのであります。
さて、仏教の話になりますが、四十代にもなると、良くも悪くもプライドを高く持っている人が増えてきます。「プライドが高い」というと比較的ネガティブにとらえがちですが、プライドというのは一概に良いとも、悪いとも言えません。
ここでぜひ覚えて欲しいのは、プライドには二つの種類があるということです。一つは「自我が張り出しているプライド」で、もう一つは「自分を成長させるプライド」です。
きっとあなたの周りにもプライドの高い人がいると思います。もしかしたら、あなた自身がそのようなタイプかもしれません。そんなときには「いったいそれは自我が張り出しているプライドなのか、自分を成長させるプライドなのか」を見極めて欲しいと思います。
なかには「私は、これまで組織の幹部として働いてきた」「私だって、自分の力で社会を生き抜いてきた」という傲慢な雰囲気をまとった人がいます。
簡単に言えば、「自分だってすごい人間なのだ」とことさらにアピールしたい人たち。あきらかに「自我が張り出しているプライド」が高いタイプといえるでしょう。いずれにしても「自我が張り出している状態」では、それ以上の成長は望めません。
以前にも言いましたが、「過去を捨てる」ことの大切さは、ご理解されていると思いますが、「自我が張り出しているプライド」の高い人は、結局、過去に囚われているのです。「自分はこんなことを経験してきた」「こんな実績を残した」「会社ではこんな評価を得ている」という過去を捨てきれないのです。
今現在の境遇に不満があったり、目の前の状況に適応する能力が不足しているからこそ、過去の栄光にすがり、プライドが高い状態になっている。きっとあなたの職場にも、そんなタイプが大勢いるのではないでしょうか。それはもはやこころの病気と言わざるを得ません。
一方で「自分を成長させるプライド」を高く持っている人もいます。自分が関わっている仕事に対して、「絶対に、他人から文句を言わせないレベルにする」「お客さまが百パーセント満足するようにする」など、高い意識で仕事をしている人がその典型例です。
人間のすることですから「お客さまが百パーセント満足する」という状況を目指しても、百パーセントに届かないケースも当然あるでしょう。しかし、常に、それだけの高い意識を持っていれば、その人のレベルは確実に上がっていきます。これがまさに「自分を成長させるプライド」です。
このプライドを持っている人は「誰かから評価されたい」という他者目線ではなく、「自分なりに納得のいく仕事がしたい」「そういう人間になりたい」と、その厳しさが自分自身に向けられています。
ある意味では、四十代というのは、過去に囚われ、自我を張りだしてしまう危険が高まる世代とも言えます。端的に言えば、プライドが高くなる世代なのです。
だからこそ、「自分のプライドの持ち方は間違っていないだろうか?」「自分を成長させるプライドを正しく持っているだろうか?」と自問してみることが必要です。
人は誰でも、生きているだけでさまざまな誘惑に出会います。日々仕事をしている現場で「怠けたい」「手を抜きたい」というのも誘惑です。会社のお金に手を付けて、横領するなんていう事件も、この世の中からなくなることがありません。あるいは、異性関係の誘惑に溺れ、家庭を崩壊させてしまう人もいるでしょう。
そもそも人間は誘惑に流されやすいものですから、「それがいかに危険で、損失の多い道なのか」を徹底的に考える癖をつけなければなりません。端的に言えば、誘惑に流されたことによってもたらされる「最悪の結果」「リスク」について考えることが重要なのです。
たとえば、会社のお金を横領したとします。そのときは百万円、三百万円というお金が手に入るかもしれません。しかし、その事実がバレない可能性が一体どのくらいあるでしょうか。一時的には隠せたとしても、必ずどこかで帳尻が合わなくなり、問題が露見してきます。
そうなったら、会社での立場はなくなり、まず間違いなくクビでしょう。その上、社会的信用を失い、場合によっては逮捕されることもあります。
誘惑に流されそうになったときには、「最悪の結果」を想定して、それでもやるべきなのかをじっくり考えてみることです。
とはいえ、人間というのは「最悪の結果」「リスク」の想定が甘いものです。その最たる例が原子力発電所です。
水力発電のように大気を害することがなく、風力発電よりも効率よくエネルギーを生み出すことができる。
そんな誘惑に負けて、人類は最終的に自分たちで処分することができないような代物をつくってしまったのです。地震などによる事故が起こったときはもちろん、仮に事故が起こらなくても、放射能に汚染された廃棄物の処理方法はそもそも決まっていません。
その問題がいつか人類にのしかかってくることがわかっていながら、目先のメリット(すなわち誘惑)に流されて、とんでもないものをつくってしまったわけです。
しかし、冷静かつ理性的にこの問題に向き合う国もあります。それはドイツです。ドイツは「原発を廃止する」という決定を下しました。原発廃止によって経済界が受けるダメージを知りつつ、彼らは「最悪の結果」をきちんと想定し、正しい決断をしたのです。
なぜ、ドイツという国がそんな英断をできたのでしょうか。理由はいろいろとありますが、その一つには彼らが持っている「マイスターの精神」があげられると思います。もともと彼らは「マイスターの世界」(職人の世界)に生きていて、崇高なプライドを大事にする文化を持っているのです。
そんな精神や文化によって、「正しいことは正しい、間違っているものは間違っている」と言い切る強さのようなものが根づいているのだと思います。
これは「誘惑に流されない」という意味でとても大事な精神です。彼らは正しいプライドを持っているからこそ、「自分の仕事に誇りを持ち、決して手を抜かない」という思いを持っています。だから、「会社のお金に手をつける」ないいていう愚挙にも出ないわけです。
すべての人に「職人になれ」と言いたいわけではありませんが、そんな崇高なプライド持つ職人たちから学ぶべきことはたくさんあると思っております。
この世の中、いつどこで何が起こるか誰にもわかりません。常に私たちは仏のこころを生きることを目標にするべきです。仏のこころとは、何があっても揺るがない。なにがあっても怒らない。何があっても許す、という仏のこころで生きることがとても重要です。
教祖・杉山辰子先生は妙法の不思議な力を信じることの重要性を説かれました。深く、深く信じることです。そして、信じて、信じて、信心するときに真理に目覚めると仰せです。「妙法蓮華経」の功徳とは、お釈迦さまが衆生を救うときの、智慧、慈悲のすべてが含まれているのです。
常住坐臥いついかなるときも、妙法蓮華経の五文字を唱えていれば、不慮の事故や災難から免れることができると仰せです。妙法を唱えていれば、いつでもどこでも護られるということです。
『慈悲』『誠』『堪忍』の三徳の実践がとても重要です。三徳の中でも慈悲の功徳は絶大であると仰せです。慈悲とは慈しみのことであり、慈しみのこころを育てることがとても大事です。慈しみとは、具体的には「見返りを求めず 人さまに善いことをして差し上げるその方の喜んでいる姿を見て 素直にこころの底から喜べるか」どうかです。喜べたら慈しみが一つ育ったということです。
私たちも慈しみのこころを育て人格を高め〝すばらしき人生〞へと突き進んでまいりたいと思っております。
合 掌
寒さの厳しい日が続いております。現在、インフルエンザが流行しており、A型に罹り、またしばらくして別のタイプのA型に、そして、今度はB型と三回感染する方もおられます。
風邪をひいたと安易に考えることは良くありません。風邪は万病のもとと言われております。どうかご自愛くださいますようお願いいたします。
このところ世界情勢が緊迫してきております。日本の総理大臣の発言が中国を大きく刺激し問題となっております。しかし、私見で言わせていただくと、総理は決して間違ったことを言ったとは思っておりません。ただ中国が過剰に反応しているだけと思います。現在の中国自体の景気が良くないため国民の不満の矛先を日本バッシングという方法をとってきているものと思われます。まあ、隣国ですので仲良くやったほうが今後のためになると思います。
先般の元旦祭には多くの信者の皆さまのお参りをいただきましてありがとうございました。今月は節分厄除祈願祭を開催します。お参りをいただき厄払いをして今年一年無病息災でありますように祈念させていただきたいと思います。
私がサラリーマンのときでした。四国の責任者をしておりました。香川県、徳島県、高知県、愛媛県の各県に課長がおりました。愛媛県担当のM課長と香川県のK課長が、それぞれ部下を持ち営業をしておりました。どちらも平均点の高い人材でした。
M課長には五人の部下がおりました。彼は部下育成という面では、秀でたものがありました。山本五十六の名言で「やってみせ 言って聞かせて させてみせ 褒めてやらねば 人は動かじ」のごとく上手に部下をやる気にして、行動をおこさせました。管理職は部下を育てることが一番大事なのです。
自分でやるのは簡単です。しかし、それでは部下は育ちません。歯がゆいようですが、いかに部下に仕事をさせるかが重要となります。そして、その結果、少しでも成果があれば褒めればいいのです。
褒めることはとても重要です。褒めれば必ず部下は成長します。褒めるということは、部下がやったことを評価しているということです。誰でも評価されれば嬉しいものです。たとえ成果がでなかったとしても、やさしくアドバイスをして、次がんばろうと励ませば、必ず良い結果に繋がってまいります。それは、人間関係が構築できているからなのです。
一方、香川県のK課長は、何でも自分でやるタイプでした。彼には三人の部下がおりましたが、誰一人育ちませんでした。悪循環というか、部下を育てようと考えてはいたのですが、自分の思うように部下が動いてくれませんでした。
そこで部下ができないから自分でやってしまう。そうすると成果はそれなりに出てしまうのです。しかし、部下育成という観点からすると落第なのです。確かに自分でやれば早く物事が解決するかもしれませんが、管理職は部下育成が急務なのです。そうしないと組織として部下の管理ができなくなります。そして、人間関係もぎくしゃくして、とても会社とは言えない組織になってしまうのです。
人間一人のできる仕事の量には限界があります。管理職は部下一人ひとりのスキル(能力)を上げることが大事な職務です。よく言われることに、一つ上の仕事をしろ、という名言があります。具体的に言いますと、平社員は係長の仕事を、係長は課長の仕事を、課長は部長の仕事を、というふうにワンランク上の仕事を意識して実行することが大事です。そうしないと、人間は成長できません。
管理職とは、忍耐が要るのです。我慢強く部下のことを見守り、理解し、その人に合ったプランを作成し、お互いのアグリー(同意)のもと一つの目標に向かって、一歩ずつ進むことです。そして、成果が少しでも出れば褒めることを勧めます。そうすれば、部下は確実に育ち組織として完成されるのであります。
さて、仏教の話になりますが、四十代にもなると、良くも悪くもプライドを高く持っている人が増えてきます。「プライドが高い」というと比較的ネガティブにとらえがちですが、プライドというのは一概に良いとも、悪いとも言えません。
ここでぜひ覚えて欲しいのは、プライドには二つの種類があるということです。一つは「自我が張り出しているプライド」で、もう一つは「自分を成長させるプライド」です。
きっとあなたの周りにもプライドの高い人がいると思います。もしかしたら、あなた自身がそのようなタイプかもしれません。そんなときには「いったいそれは自我が張り出しているプライドなのか、自分を成長させるプライドなのか」を見極めて欲しいと思います。
なかには「私は、これまで組織の幹部として働いてきた」「私だって、自分の力で社会を生き抜いてきた」という傲慢な雰囲気をまとった人がいます。
簡単に言えば、「自分だってすごい人間なのだ」とことさらにアピールしたい人たち。あきらかに「自我が張り出しているプライド」が高いタイプといえるでしょう。いずれにしても「自我が張り出している状態」では、それ以上の成長は望めません。
以前にも言いましたが、「過去を捨てる」ことの大切さは、ご理解されていると思いますが、「自我が張り出しているプライド」の高い人は、結局、過去に囚われているのです。「自分はこんなことを経験してきた」「こんな実績を残した」「会社ではこんな評価を得ている」という過去を捨てきれないのです。
今現在の境遇に不満があったり、目の前の状況に適応する能力が不足しているからこそ、過去の栄光にすがり、プライドが高い状態になっている。きっとあなたの職場にも、そんなタイプが大勢いるのではないでしょうか。それはもはやこころの病気と言わざるを得ません。
一方で「自分を成長させるプライド」を高く持っている人もいます。自分が関わっている仕事に対して、「絶対に、他人から文句を言わせないレベルにする」「お客さまが百パーセント満足するようにする」など、高い意識で仕事をしている人がその典型例です。
人間のすることですから「お客さまが百パーセント満足する」という状況を目指しても、百パーセントに届かないケースも当然あるでしょう。しかし、常に、それだけの高い意識を持っていれば、その人のレベルは確実に上がっていきます。これがまさに「自分を成長させるプライド」です。
このプライドを持っている人は「誰かから評価されたい」という他者目線ではなく、「自分なりに納得のいく仕事がしたい」「そういう人間になりたい」と、その厳しさが自分自身に向けられています。
ある意味では、四十代というのは、過去に囚われ、自我を張りだしてしまう危険が高まる世代とも言えます。端的に言えば、プライドが高くなる世代なのです。
だからこそ、「自分のプライドの持ち方は間違っていないだろうか?」「自分を成長させるプライドを正しく持っているだろうか?」と自問してみることが必要です。
人は誰でも、生きているだけでさまざまな誘惑に出会います。日々仕事をしている現場で「怠けたい」「手を抜きたい」というのも誘惑です。会社のお金に手を付けて、横領するなんていう事件も、この世の中からなくなることがありません。あるいは、異性関係の誘惑に溺れ、家庭を崩壊させてしまう人もいるでしょう。
そもそも人間は誘惑に流されやすいものですから、「それがいかに危険で、損失の多い道なのか」を徹底的に考える癖をつけなければなりません。端的に言えば、誘惑に流されたことによってもたらされる「最悪の結果」「リスク」について考えることが重要なのです。
たとえば、会社のお金を横領したとします。そのときは百万円、三百万円というお金が手に入るかもしれません。しかし、その事実がバレない可能性が一体どのくらいあるでしょうか。一時的には隠せたとしても、必ずどこかで帳尻が合わなくなり、問題が露見してきます。
そうなったら、会社での立場はなくなり、まず間違いなくクビでしょう。その上、社会的信用を失い、場合によっては逮捕されることもあります。
誘惑に流されそうになったときには、「最悪の結果」を想定して、それでもやるべきなのかをじっくり考えてみることです。
とはいえ、人間というのは「最悪の結果」「リスク」の想定が甘いものです。その最たる例が原子力発電所です。
水力発電のように大気を害することがなく、風力発電よりも効率よくエネルギーを生み出すことができる。
そんな誘惑に負けて、人類は最終的に自分たちで処分することができないような代物をつくってしまったのです。地震などによる事故が起こったときはもちろん、仮に事故が起こらなくても、放射能に汚染された廃棄物の処理方法はそもそも決まっていません。
その問題がいつか人類にのしかかってくることがわかっていながら、目先のメリット(すなわち誘惑)に流されて、とんでもないものをつくってしまったわけです。
しかし、冷静かつ理性的にこの問題に向き合う国もあります。それはドイツです。ドイツは「原発を廃止する」という決定を下しました。原発廃止によって経済界が受けるダメージを知りつつ、彼らは「最悪の結果」をきちんと想定し、正しい決断をしたのです。
なぜ、ドイツという国がそんな英断をできたのでしょうか。理由はいろいろとありますが、その一つには彼らが持っている「マイスターの精神」があげられると思います。もともと彼らは「マイスターの世界」(職人の世界)に生きていて、崇高なプライドを大事にする文化を持っているのです。
そんな精神や文化によって、「正しいことは正しい、間違っているものは間違っている」と言い切る強さのようなものが根づいているのだと思います。
これは「誘惑に流されない」という意味でとても大事な精神です。彼らは正しいプライドを持っているからこそ、「自分の仕事に誇りを持ち、決して手を抜かない」という思いを持っています。だから、「会社のお金に手をつける」ないいていう愚挙にも出ないわけです。
すべての人に「職人になれ」と言いたいわけではありませんが、そんな崇高なプライド持つ職人たちから学ぶべきことはたくさんあると思っております。
この世の中、いつどこで何が起こるか誰にもわかりません。常に私たちは仏のこころを生きることを目標にするべきです。仏のこころとは、何があっても揺るがない。なにがあっても怒らない。何があっても許す、という仏のこころで生きることがとても重要です。
教祖・杉山辰子先生は妙法の不思議な力を信じることの重要性を説かれました。深く、深く信じることです。そして、信じて、信じて、信心するときに真理に目覚めると仰せです。「妙法蓮華経」の功徳とは、お釈迦さまが衆生を救うときの、智慧、慈悲のすべてが含まれているのです。
常住坐臥いついかなるときも、妙法蓮華経の五文字を唱えていれば、不慮の事故や災難から免れることができると仰せです。妙法を唱えていれば、いつでもどこでも護られるということです。
『慈悲』『誠』『堪忍』の三徳の実践がとても重要です。三徳の中でも慈悲の功徳は絶大であると仰せです。慈悲とは慈しみのことであり、慈しみのこころを育てることがとても大事です。慈しみとは、具体的には「見返りを求めず 人さまに善いことをして差し上げるその方の喜んでいる姿を見て 素直にこころの底から喜べるか」どうかです。喜べたら慈しみが一つ育ったということです。
私たちも慈しみのこころを育て人格を高め〝すばらしき人生〞へと突き進んでまいりたいと思っております。
合 掌
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