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大樹
すばらしき人生162
旧暦の六月を水無月といい、現在では新暦の六月の別名として用いております。水無月の由来には諸説ありますが、水無月の「無」は「の」を意味する連体助詞「な」であり「水の月」であるとする説が有力であります。
これからの季節は梅雨にはいり、湿度の高い日が続きますが、昔のように毎日シトシトと降る梅雨とは違い、亜熱帯の気候のようにゲリラ雷雨などの豪雨になることもあります。地球温暖化により雨の降り方にも変化が出てきたようです。
アメリカとイスラエル対イラン戦争が勃発して四ヶ月が経とうとしております。ホルムズ海峡封鎖の影響で石油をはじめとするいろんな物資が入手困難となっております。戦争
によってもたらさられる負の遺産はとてつもなく大きな影響を及ぼしております。戦争が生み出すものは憎しみ、悲しみ、苦しみ、経済の混乱と環境破壊です。良いことは一つもありません。早く終結してもらわないと困ります。トランプ大統領が振り上げたこぶしが元の鞘に収まることを強く希望します。
先般の釈尊降誕祭(花まつり)にお参りをいただきましてありがとうございました。今月は教祖祭を開催いたします。多くの信者さまのお参りをお待ち申し上げております。
私がサラリーマンのときでした。四国の責任者をしておりました。部下が十二名おりました。四国はとてもアクセスが悪い地域でしたので糖尿病の研究会をたくさん開催しておりました。大学病院も四施設あり、それを中心に研究会を開催し先生方を多く集め、研究会を通じ自社製品の普及活動をしておりました。一軒一軒施設を訪問して宣伝活動をするより、はるかに効率的でした。
そんな中、徳島県を担当しておりましたHさんは営業成績も芳しくなく、落ちこぼれのような存在でした。性格的にも暗く、地味で存在感の薄い人でした。
全国に十二支店があり、私が赴任してから二年間、常に上位三位に入っておりましたが、三年目の私が、彼を一人前の営業マンに育てないと支店の売り上げがワーストになってしまうという危機感がありました。
なぜ彼がこんな性格になってしまったのか、なぜ売り上げを伸ばすことができないのか、どうしたら成長し会社に貢献できるようになるのかと一生懸命考えました。
まずは、彼とのコミュニケ―ションが大事であると気付きました。彼が考えていることを理解するためにも、彼が悩んでいることを知ろうと思ぅたのです。いろいろ話を聞いてみると人間関係で悩んでいるということがわかりました。徳島県の責任者のN課長とうまくいっていないという相談でした。
早速、私はN課長にHさんが悩んでいることを告げ、課長に上から目線ではなく、同じ目線で仕事をするように言いました。そして、まだほかにも不満要素はたくさんあると思うので、彼の話を聞いてあげるようにと指示を出しました。
上司部下の関係は非常にデリケートな部分もあります。とにかく話を聞いて、コミュニケーションをはかり、不満因子を全部吐き出させるのが上司の仕事なのです。
人間というのは、不満があると真剣に、集中して、真面目に仕事ができないものです。それから成績が悪いから評価も悪いのでは、人は成長しません。彼の伸びしろに投資をするのです。仮に期待以上の成果が得られなくても、ある程度将来を見越して評価することも大事です。
N課長もプレーイングマネージャーだから、付きっきりで指導することはできませんが、そういうときこそN課長の上司の私の仕事なのです。私はHさんが、将来どのようなポジションに就きたいのか、現状の仕事で変わることができるのか、また別の部署のほうがあっているのかなど彼のビジョン(未来像)を共に語り、それを応援してあげることなのです。
そして、困ったときはなんでも相談してください。課長でも私でもいいからどんなことでも聞きます。と彼に伝えました。そして、三ヶ月、半年と月日がたち少しずつではありますが、変わろうとしている様子が見られるようになったのです。
最終的に彼との信頼関係をいかに築き、問題を提起し、いかに解決するかという問題提起解決型の営業マンを何人つくるかが強い組織を創る大きな秘訣なのであります。
さて、人間関係の中で「人を理解することはできない」「管理することもできない」とのことでしたが、仏教の立場で考えますと、「上司と部下の関係がうまくいかない」という問題には、もう一つ基本的な問題が含まれております。
それは、「上司」「部下」という役職で向き合っていて、人間同士として向き合えていないという問題です。
すでに述べさせていただきましたが、人間というのは管理されることが大嫌いです。上司が「これをやりなさい」と指示すれば、組織の論理として部下は渋々やるかもしれませんが、そんな関係で物事がうまくいくはずがありません。
すると、上司は「なんで、君はそんなにやる気がないのか」「もっときちんとやるようにと言っただろう」と叱ります。
ここにあるのは「上司と部下」という関係だけで、人間同士の関係ではありません。しかし、そもそも「上司」とか「部下」というのは、会社が勝手に決めた役職、かぶり物、仮面に過ぎないのです。大事なのは、そんなかぶり物や仮面で生きてはいけないということです。どんな仮面をつけていようが、もとは人間なのです。人間として相手に向き合わなければなりません。
たとえば、目の前に仕事があるなら、「こういう仕事があるのだけど、どうしたらいいと思う?」と部下に向かって、普通に話せばいいのです。すると部下は「こういう方法でやってみましょうか」「明日までに、私がやりましょうか」などの話になります。
そういう(人間同士の)ごく普通の話し合いの中で「適切な人」がその仕事を担当し「適切な方法」でやればいいのです。
実にシンプルで、当たり前の話ではないでしょうか。もちろん、部下だっていつも暇ではありませんから「今は忙しいので、もう少し後にしてもらえますか?」ということもあるでしょう。そのときは「今の仕事はいつ終わるの?」「それが終わったら、すぐに声をかけて」と上司が言えばいいのです。
あるいは、「この仕事は、私には少し荷が重いようです」と部下が言うなら、「それなら、こういうサポートをするから、ぜひ頑張ってもらえないかな」と上司がサポートを申しでる。そんな人間同士の、当たり前のコミュニケーションができていれば、基本的には問題は起こりません。
それを、「上司」という仮面を振りかざして、相手を管理、支配しようとするから、おかしなことになる。
得てして人格者というのは仮面を外してコミュニケーションをするものです。人間としての魅力や能力に優れているので、役職や肩書を必要としないからです。
逆に言うと、「役職や肩書がなければ、部下と向き合えない」という人は、その時点で上司失格なのです。
日本には、本物の天皇陛下がおられます。本物の天皇陛下とドラマに登場する天皇陛下の役は違います。本物の天皇陛下は仮面と衣装をかぶって演出する必要はないのです。だから、ごく普通の人間として生活しておられます。みなさんと同じやり方で挨拶されたりするからといって、決して天皇陛下が一般人になるわけではありません。
「部下をうまくマネジメントできない」と悩む前に、まず、あなた自身が「上司」という仮面を外して、「本物の自分」として相手に向き合うことにしましょう。
どんな時代でも悩みごとのナンバーワンは、やはり人間関係であります。たとえば、多くの人が子どもの頃から「自分のことばかり考えず、相手の気持ちを考えましょう」なんて言われて育ってきております。たしかの、それも大事かもしれません。それを否定するつもりもありません。
しかし、厳密に考えてみれば、人間は自分自身のこともよくわからず、ましてや他人の気持ちなんていくら考えてもわからないものです。自分のことも、相手のこともよくわからないのに、「人間関係を良好にするために、相手の気持ちを考えましょう」なんて言われても、いったいどうすればよいのでしょうか。
このことは、とんでもない矛盾を含んでおります。しかし、人間関係とはそんなものです。完璧な人間関係を築こうとしても、そんなことはできるはずがないのです。
私たちがまず理解すべきなのは「人間関係なんて所詮は不完全なものだ」という事実です。「自分の思いが伝わらない」と文句を言ったり、悲しんだりする人もいますが、そんなことは当たり前なのです。あるいは、「この上司とはウマが合わない」「この部下とは相性が悪い」なんて話もよく聞きますが、当然の話です。
そういう人たちは「完璧な人間関係」を求めます。前提が間違っているのです。いろいろとうまくいかないのは、人間関係としてむしろ自然な形なのです。とはいえ、人間関係を良好にするための具体的な方法があります。
人間関係を考えるときは「人と人」という大きな枠組みで考えるのではなく、「それぞれの項目ごと」「場面ごと」に切り分けて考えることです。たとえば、親と子の関係を考えてみましょう。この場合「親子の関係を良好にする」なんていきなり大きな話にすると、どこから手をつければいいのかわからなくなります。そこで場面を細分化して、子どもが「晩ご飯のおかずにとんかつをつくって欲しい」と思っている場面を取り上げてみましょう。
その際に「どういう態度をとって、どういう言い方をすれば、お母さんがとんかつをつくってくれるか」を考えればいいのです。お母さんが献立を決め、買い物に行く前に「今日はとんかつが食べたいな」というのがいいのかもしれません。お母さんの機嫌を良くするために、早めに宿題をするという方法もあるかもしれません。あるいは、お母さんの手伝いをするという方法もあります。
そうやって、細かな場面ごと、項目ごとに分けて「どうしたら、一番いいか」を考えることが、結局は人間関係をよくしていくのです。
上司と部下についても「人間関係をよくしよう」「しっかりとしたコミュニケーションをとろう」なんて考えるのではなく、場面ごと、項目ごとに考えることが重要なのです。
「上司から頼まれた仕事が期日までに間に合いそうにもない」という状況なら、いつどのようなタイミングで、どんないい方をすれば、一番自分に害が少ないか。あるいは、上司を困らせずにすむか。シンプルに、それを考えればいいのです。そうやって、「どうしたらうまく伝えられるだろう」「どうしたら希望する反応が返ってくるだろう」と考えながらコミュニケーションすればそれでいいのです。
教祖・杉山辰子先生は妙法には不思議な力があると説かれました。その不思議な力を体験するためにも、妙法を深く信じることであると仰せです。妙法を信じて、信じて、信心するときに真理に目覚めると説かれました。
常住坐臥いついかなるときも、妙法蓮華経の五文字を唱えていれば、不慮の事故や災難から免れることができると仰せです。妙法を唱えていれば、いつでもどこでも護られるということです。
『慈悲』『誠』『堪忍』の三徳の実践もとても大事であります。教祖さまは三徳の中でも慈悲の功徳は絶大と説かれました。慈悲とは慈しみのこころのことです。具体的に申しますと「見返りを求めず 人さまに善いことをして差し上げる その方が喜んでいる姿を見て 素直にこころの底から喜べるか」どうかです。喜べたら慈しみが一つ育ったということです。
人間は、すべて己のこころが考え、実行します。善いこころなら善の方向へ、悪いこころなら悪の方向へと行動します。こころ一つで良くもなれば、悪くもなる。だから、お迦さまはこころのあり様を説かれました。
私たちも、清らかで綺麗なこころを育て人格を高め〝すばらしき人生〞へと邁進したいと思っております。
合 掌
これからの季節は梅雨にはいり、湿度の高い日が続きますが、昔のように毎日シトシトと降る梅雨とは違い、亜熱帯の気候のようにゲリラ雷雨などの豪雨になることもあります。地球温暖化により雨の降り方にも変化が出てきたようです。
アメリカとイスラエル対イラン戦争が勃発して四ヶ月が経とうとしております。ホルムズ海峡封鎖の影響で石油をはじめとするいろんな物資が入手困難となっております。戦争
によってもたらさられる負の遺産はとてつもなく大きな影響を及ぼしております。戦争が生み出すものは憎しみ、悲しみ、苦しみ、経済の混乱と環境破壊です。良いことは一つもありません。早く終結してもらわないと困ります。トランプ大統領が振り上げたこぶしが元の鞘に収まることを強く希望します。
先般の釈尊降誕祭(花まつり)にお参りをいただきましてありがとうございました。今月は教祖祭を開催いたします。多くの信者さまのお参りをお待ち申し上げております。
私がサラリーマンのときでした。四国の責任者をしておりました。部下が十二名おりました。四国はとてもアクセスが悪い地域でしたので糖尿病の研究会をたくさん開催しておりました。大学病院も四施設あり、それを中心に研究会を開催し先生方を多く集め、研究会を通じ自社製品の普及活動をしておりました。一軒一軒施設を訪問して宣伝活動をするより、はるかに効率的でした。
そんな中、徳島県を担当しておりましたHさんは営業成績も芳しくなく、落ちこぼれのような存在でした。性格的にも暗く、地味で存在感の薄い人でした。
全国に十二支店があり、私が赴任してから二年間、常に上位三位に入っておりましたが、三年目の私が、彼を一人前の営業マンに育てないと支店の売り上げがワーストになってしまうという危機感がありました。
なぜ彼がこんな性格になってしまったのか、なぜ売り上げを伸ばすことができないのか、どうしたら成長し会社に貢献できるようになるのかと一生懸命考えました。
まずは、彼とのコミュニケ―ションが大事であると気付きました。彼が考えていることを理解するためにも、彼が悩んでいることを知ろうと思ぅたのです。いろいろ話を聞いてみると人間関係で悩んでいるということがわかりました。徳島県の責任者のN課長とうまくいっていないという相談でした。
早速、私はN課長にHさんが悩んでいることを告げ、課長に上から目線ではなく、同じ目線で仕事をするように言いました。そして、まだほかにも不満要素はたくさんあると思うので、彼の話を聞いてあげるようにと指示を出しました。
上司部下の関係は非常にデリケートな部分もあります。とにかく話を聞いて、コミュニケーションをはかり、不満因子を全部吐き出させるのが上司の仕事なのです。
人間というのは、不満があると真剣に、集中して、真面目に仕事ができないものです。それから成績が悪いから評価も悪いのでは、人は成長しません。彼の伸びしろに投資をするのです。仮に期待以上の成果が得られなくても、ある程度将来を見越して評価することも大事です。
N課長もプレーイングマネージャーだから、付きっきりで指導することはできませんが、そういうときこそN課長の上司の私の仕事なのです。私はHさんが、将来どのようなポジションに就きたいのか、現状の仕事で変わることができるのか、また別の部署のほうがあっているのかなど彼のビジョン(未来像)を共に語り、それを応援してあげることなのです。
そして、困ったときはなんでも相談してください。課長でも私でもいいからどんなことでも聞きます。と彼に伝えました。そして、三ヶ月、半年と月日がたち少しずつではありますが、変わろうとしている様子が見られるようになったのです。
最終的に彼との信頼関係をいかに築き、問題を提起し、いかに解決するかという問題提起解決型の営業マンを何人つくるかが強い組織を創る大きな秘訣なのであります。
さて、人間関係の中で「人を理解することはできない」「管理することもできない」とのことでしたが、仏教の立場で考えますと、「上司と部下の関係がうまくいかない」という問題には、もう一つ基本的な問題が含まれております。
それは、「上司」「部下」という役職で向き合っていて、人間同士として向き合えていないという問題です。
すでに述べさせていただきましたが、人間というのは管理されることが大嫌いです。上司が「これをやりなさい」と指示すれば、組織の論理として部下は渋々やるかもしれませんが、そんな関係で物事がうまくいくはずがありません。
すると、上司は「なんで、君はそんなにやる気がないのか」「もっときちんとやるようにと言っただろう」と叱ります。
ここにあるのは「上司と部下」という関係だけで、人間同士の関係ではありません。しかし、そもそも「上司」とか「部下」というのは、会社が勝手に決めた役職、かぶり物、仮面に過ぎないのです。大事なのは、そんなかぶり物や仮面で生きてはいけないということです。どんな仮面をつけていようが、もとは人間なのです。人間として相手に向き合わなければなりません。
たとえば、目の前に仕事があるなら、「こういう仕事があるのだけど、どうしたらいいと思う?」と部下に向かって、普通に話せばいいのです。すると部下は「こういう方法でやってみましょうか」「明日までに、私がやりましょうか」などの話になります。
そういう(人間同士の)ごく普通の話し合いの中で「適切な人」がその仕事を担当し「適切な方法」でやればいいのです。
実にシンプルで、当たり前の話ではないでしょうか。もちろん、部下だっていつも暇ではありませんから「今は忙しいので、もう少し後にしてもらえますか?」ということもあるでしょう。そのときは「今の仕事はいつ終わるの?」「それが終わったら、すぐに声をかけて」と上司が言えばいいのです。
あるいは、「この仕事は、私には少し荷が重いようです」と部下が言うなら、「それなら、こういうサポートをするから、ぜひ頑張ってもらえないかな」と上司がサポートを申しでる。そんな人間同士の、当たり前のコミュニケーションができていれば、基本的には問題は起こりません。
それを、「上司」という仮面を振りかざして、相手を管理、支配しようとするから、おかしなことになる。
得てして人格者というのは仮面を外してコミュニケーションをするものです。人間としての魅力や能力に優れているので、役職や肩書を必要としないからです。
逆に言うと、「役職や肩書がなければ、部下と向き合えない」という人は、その時点で上司失格なのです。
日本には、本物の天皇陛下がおられます。本物の天皇陛下とドラマに登場する天皇陛下の役は違います。本物の天皇陛下は仮面と衣装をかぶって演出する必要はないのです。だから、ごく普通の人間として生活しておられます。みなさんと同じやり方で挨拶されたりするからといって、決して天皇陛下が一般人になるわけではありません。
「部下をうまくマネジメントできない」と悩む前に、まず、あなた自身が「上司」という仮面を外して、「本物の自分」として相手に向き合うことにしましょう。
どんな時代でも悩みごとのナンバーワンは、やはり人間関係であります。たとえば、多くの人が子どもの頃から「自分のことばかり考えず、相手の気持ちを考えましょう」なんて言われて育ってきております。たしかの、それも大事かもしれません。それを否定するつもりもありません。
しかし、厳密に考えてみれば、人間は自分自身のこともよくわからず、ましてや他人の気持ちなんていくら考えてもわからないものです。自分のことも、相手のこともよくわからないのに、「人間関係を良好にするために、相手の気持ちを考えましょう」なんて言われても、いったいどうすればよいのでしょうか。
このことは、とんでもない矛盾を含んでおります。しかし、人間関係とはそんなものです。完璧な人間関係を築こうとしても、そんなことはできるはずがないのです。
私たちがまず理解すべきなのは「人間関係なんて所詮は不完全なものだ」という事実です。「自分の思いが伝わらない」と文句を言ったり、悲しんだりする人もいますが、そんなことは当たり前なのです。あるいは、「この上司とはウマが合わない」「この部下とは相性が悪い」なんて話もよく聞きますが、当然の話です。
そういう人たちは「完璧な人間関係」を求めます。前提が間違っているのです。いろいろとうまくいかないのは、人間関係としてむしろ自然な形なのです。とはいえ、人間関係を良好にするための具体的な方法があります。
人間関係を考えるときは「人と人」という大きな枠組みで考えるのではなく、「それぞれの項目ごと」「場面ごと」に切り分けて考えることです。たとえば、親と子の関係を考えてみましょう。この場合「親子の関係を良好にする」なんていきなり大きな話にすると、どこから手をつければいいのかわからなくなります。そこで場面を細分化して、子どもが「晩ご飯のおかずにとんかつをつくって欲しい」と思っている場面を取り上げてみましょう。
その際に「どういう態度をとって、どういう言い方をすれば、お母さんがとんかつをつくってくれるか」を考えればいいのです。お母さんが献立を決め、買い物に行く前に「今日はとんかつが食べたいな」というのがいいのかもしれません。お母さんの機嫌を良くするために、早めに宿題をするという方法もあるかもしれません。あるいは、お母さんの手伝いをするという方法もあります。
そうやって、細かな場面ごと、項目ごとに分けて「どうしたら、一番いいか」を考えることが、結局は人間関係をよくしていくのです。
上司と部下についても「人間関係をよくしよう」「しっかりとしたコミュニケーションをとろう」なんて考えるのではなく、場面ごと、項目ごとに考えることが重要なのです。
「上司から頼まれた仕事が期日までに間に合いそうにもない」という状況なら、いつどのようなタイミングで、どんないい方をすれば、一番自分に害が少ないか。あるいは、上司を困らせずにすむか。シンプルに、それを考えればいいのです。そうやって、「どうしたらうまく伝えられるだろう」「どうしたら希望する反応が返ってくるだろう」と考えながらコミュニケーションすればそれでいいのです。
教祖・杉山辰子先生は妙法には不思議な力があると説かれました。その不思議な力を体験するためにも、妙法を深く信じることであると仰せです。妙法を信じて、信じて、信心するときに真理に目覚めると説かれました。
常住坐臥いついかなるときも、妙法蓮華経の五文字を唱えていれば、不慮の事故や災難から免れることができると仰せです。妙法を唱えていれば、いつでもどこでも護られるということです。
『慈悲』『誠』『堪忍』の三徳の実践もとても大事であります。教祖さまは三徳の中でも慈悲の功徳は絶大と説かれました。慈悲とは慈しみのこころのことです。具体的に申しますと「見返りを求めず 人さまに善いことをして差し上げる その方が喜んでいる姿を見て 素直にこころの底から喜べるか」どうかです。喜べたら慈しみが一つ育ったということです。
人間は、すべて己のこころが考え、実行します。善いこころなら善の方向へ、悪いこころなら悪の方向へと行動します。こころ一つで良くもなれば、悪くもなる。だから、お迦さまはこころのあり様を説かれました。
私たちも、清らかで綺麗なこころを育て人格を高め〝すばらしき人生〞へと邁進したいと思っております。
合 掌
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