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世界平和を
大樹
すばらしき人生19

七月は文月(ふみづき)でございます。太古の昔より短冊に歌や字を書き、書道の上達を祈った七夕の行事に因み、文月となったと云われております。日本の歴史を辿ると、持統天皇五年(61年)のようであります。詳細は不明ですが公家を集め宴を開き、服を下されたと記されている書物があるようでございます。現在では、仙台(宮城)、湘南(神奈川)、安城(愛知)などを始め、有名な七夕祭りが全国で開催され夏の風物詩となっております。小さい頃は、七夕の短冊に願いごとをかきました。願いは容易に叶うものではないのですが、願わないと始まらないのであります。願いとは夢や希望でありますから、自分の将来の生きる目標となるでしょう。従いまして、『願い』を持つことは、とても大切であります。七夕に於いては、概して、たいそうな願いをしないのが通常でありますが、夢は大きく希望に満ちた『願い』を持つことが重要となってまいります。


 さて、皆さんは深層心理という言葉を聞いたことはありませんか?深層心理学の基本的な理論構想は、人間の心(魂)には意識の下層において、更に深い層が存在し、無意識的なプロセスがこれらの層にあって進行しており、日常生活の心理に対し大きな影響を及ぼしているというものであるようです。


 ちょっと難しいのですが、解りやすく申し上げますと、人間の脳には二つの意識がございます。一つは、意識という意識。そして、もう一つは、無意識という意識でございます。普段人間は、この二つの意識により活動しております。故事ことわざで『三つ子の魂百まで』と申しますように三歳までの生育環境が、その子の生涯の本性を築いてしまうということであります。概ね、三歳までは無意識の意識しかないと云われております。そして、三歳を過ぎた頃より、『物心』がついてくると云われております。それは、今まで無意識での活動が中心だった自我が成長し、無意識の壁を破って意識に目覚め、いろいろなことが理解できるようになったということだと思います。私たちは、事を為す時、自分の意志で実行します。しかし、無意識の中にある意識で事を為す時は、ついうっかり!何も考えずに事を為すこともありますよね。従いまして、無意識の意識は体の経験値により脳が勝手に判断をしているように思われます。要するに、二つの意識が働いて活動をしているのですが、怖いのは、三歳までの幼子は、全ての思いを無意識の意識にしっかりと記憶をしているということであります。明るく笑顔や笑いの絶えない家庭に生まれた子供は、自然と『和み』の空間という生育環境で育つことにより、より健やかで健全な魂が宿ると思います。逆に、喧嘩や愚痴や不満の絶えない家庭には、当然、不健全な魂が宿ることでしょう。そして、最も大切なことは、お母さんのお腹にいる一年と生まれてからの三年の間に子供の『本性』が醸成されるとも云われております。本性が生涯変わることは皆無と云っていいでしょう。


 製薬会社に勤務して静岡で営業していた時のことですが、1991年頃だと記憶しておりますが、山形市で日本糖尿病学会が開催された時のことですが、静岡市の大病院のI副院長先生の随行をすることとなりました。私は入社二年目で学会の随行は初めてでございました。山形へ向かう新幹線に乗り、先生の随行をしたのですが、最初は緊張感とドキドキ感で、何を話したのかよく覚えておりませんでした。二泊三日で山形天童温泉を予約し先生と同室で宿泊を致しました。I先生はどちらかと云うとフランクで気さくな性格でしたので途中から、あまり気を使わずに随行できたことが幸いでした。天童温泉は将棋の駒で有名な温泉で町全体が将棋のオブジェのような所でした。このI先生は法公先生より二つ年上でした。私が父親のような存在で接することにより、きっと相手も心を開いて頂けたものと思っております。重要顧客の攻略には、一緒にお風呂に入り、共に行動をすることにより、急速に信頼関係が出来上がるものであります。私は、この時に感じた感動を決して忘れることができません。事あるごとに過去の感動を思い起こすのも大切であります。


 皆さんは、危機一髪の状況をご経験されたことはありますか?私はあまり大層な経験はないのですが、強いて云えば、三つあります。一つは、小学生の低学年の時、家の二階の屋根に上り遊んでいた時のことです。時期は冬場でした。なぜ二階の屋根に上ったのかは定かではありませんが、北側の屋根で物を拾おうとした瞬間、氷で足が滑り落下寸前のところで踏みとどまることができました。あぁ~命拾いをしたと思いました。二つ目は無線アンテナに雷が落ちた時のことです。私の無線機が真黒焦げになってしまいました。火事にならなくて幸いでした。三つ目は、命とは関係ありませんが、札幌へ旅行に行った時のことです。まだ数年前の出来事であります。千歳空港で羽田行きにチェックインして搭乗を終え席で手荷物整理をしていた時に、セカンドバックの無いことに気づき、アテンダントの制止を振り切り、慌てて待合ロビーに戻ったのですが、出発直前なので他のお客様に迷惑をかけてしまった経験がございました。セカンドバックは待合ロビーの席にありました。バックには財布、クレジットカード数枚、免許証など貴重品ばかりでした。つくづく日本は安全な国だなと感心した次第であります、私の人生を振り返って見れば、大我無く順風で過ごせたことは、偏に法華経のお蔭であると思っております。


 人生に於いて最も重要なことは、将来への夢や希望を持つことであります。そうすれば、自分の中に目標ができます。どんなに大きな夢でも、また、どんなに小さな夢でも構いません。とにかく夢を持つことが極めて重要であります。人間の体は、到達すべき目標があれば、アンチエイジングにも良いでしょう。体の健康維持にも良いでしょう。生きる喜びが生まれ、心の健康維持にも良いでしょう。ただ、夢や希望を持ち目標を立てても実行しなければ意味がありません。パソコンも実行をクリックしないと先へ進めません。ひたすら目標に向かい黙々と努力することが大切であります。一日でできること、一週間、半年、一年、三年、五年、十年と短期・中期・長期目標に達成期限を定めることが重要となります。何時でもできる!というのは、何時まで経ってもできないということであります。今日やるべきことは、必ずやり遂げるのであります。往々にして成功者は今日やるべきことを、先んじて昨日済ませている訳でありますから、成功者になれるのであります。そして、人ができたから自分も成功者になれると思うことは、大きな勘違いであります。成功者は豊かな発想力と三年、五年、十年先の情勢を読み取る能力があるから成功するのであります。私たちは、そこまでの成功者になる必要はないと思います。今日やるべきことを確実に今日やり遂げることが自己実現への近道であると思っております。


 六月は教祖祭、杉山教祖さま八十三回忌の法要会にご参詣賜りまして誠に有難うございました。教祖さまもさぞ喜んで頂いておられると思っております。昨年は教祖祭に因んで、トイレの改装と本殿階段にレッドカーペットを敷かせて頂きました。本来、法公会の根幹となる杉山教祖さまの祭典でありますので信者様に足を運んで頂けることが、何よりも大切であります。そして、信者様に感謝の意を込め、喜んで、楽しんで頂けるように工夫を凝らして参りたいと思っております。どうか乞ううご期待を!


 開祖・法公先生銅像も着々と準備させて頂いております。これも偏に信者の皆様の厚いご支援の賜物でございます。重ねて感謝申し上げます。


 釈尊はこのように説法をされました。すべては苦であると観なさい。人間というものは「必ず移り変わるもの」を「永久に不変のもの」と錯覚し、無理な執着をつくり出すのだと説いておられます。「人生は苦である」と断定したことは決して悲観的なものの見方を教えたわけではなく、「苦」そのものを直視し、心の表面でごまかすことなく、一時の喜びや楽しみは、いつかは消え失せ、その影には必ず「苦しみ」がつきまとうということを断ぜられた真意はここにあります。現代生活に即して云えば、酒や遊びなどで一時逃れをせず、しっかりと「現実」を見すえて「苦」を正面から受け止め、その原因を見つめる態度が大事であるということです。これはまさに『因果の二法』であります。『諸行無常』の真理を悟り、今の苦しみは永遠のものでもないし、今の楽しみや喜びも永遠ではなく一時的なもので、これらの現象にとらわれない生活習慣を身につけることが修行にほかならないと説かれました。


 釈尊の説かれた『法華経』は真の教えでございます。『因果の二法』とは、善因善果、悪因悪果、すなわち因果応報でございます。困った時にその原因を知ること、そして、教えに照らして対処することにより悪因の『業』がとれ罪障を消滅するのであります。


 人間には多くの罪が存在しております。生きるということは、何かの犠牲の上にたち、生かされているということであります。すなわち、生きることは大なり小なり、罪を作る素因があります。いわゆる、不可抗力的な罪を自然と作っていると云っても過言ではありません。勿論、故意の罪は云うまでもありません。しかし、人間とは賢い動物であります。三徳と云って『慈悲』 『誠』 『堪忍』を実行すれば、積徳することができる訳であります。生かされていることで発生する「罪」を三徳により打消し、更なる徳の貯金をすることであります。一にも二にも三徳の実践こそ私たち法華経行者の進む道ではないでしょうか。


 教祖・杉山辰子先生は行住坐臥(ぎょうじゅうざが)南無妙法蓮華経と唱えることが大事と云われております。そして、布施・持戒・忍辱・精進・禅定・仏智の六波羅蜜の修養をし、功徳を積むことが大切である。不慮の事故や災難、病気から逃れることができる。そして、三徳の実践。終始一貫功徳を積むべし。と申されております。


 教祖様は「慈悲深く、堪忍強く、守りならば、誠の道は、ひとり渡れむ」と辞世の句を残されております。私たちは杉山教祖様の尊い活動を遵守し、今日この瞬間より三徳の実践を致しましょう。そして、この大乗仏教の考え方からみて、すべての信者様が幸せになることを目標に『すばらしき人生』と云える活動を実践しましょう。


合 掌


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