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世界平和を
大樹
すばらしき人生21

9月とはいえ、まだまだ残暑厳しくなっております。地球温暖化の影響でしょうか、猛暑と爆弾低気圧や台風の影響により各地で集中豪雨やゲリラ豪雨の被害が出ております。日本の色が少しずつ変化しているように感じております。


 日本の夏といえば花火が全国各地で打ち上げられます。私が仕事で北関東・甲信越を担当していた時のですが、毎年9月9日、10日に新潟県小千谷市『片貝まつり』は地元の神社への奉納花火まつりとして開催されております。ギネスブックにも掲載された、世界一の大花火「四尺玉」の打ち上げで知られております。この大玉は内径120センチの巨筒で打ち上げられ、玉の重量約450キログラム、約850メートルまで上昇し、直径約800メートルに開花します。まさに世界一雄大な花火でありました。


 私が幼い頃に、法公先生と家族で花火を見たのは、おそらく2回と記憶しております。先生は毎日、法座で忙しく、家族に時間を割くことはほとんどありませんでした。そんな中、家族で岐阜長良川の花火大会に連れて行ってもらいました。壮大な花火に感激した思い出が蘇りました。夏休みには、どこの家庭でも海や山や川とにしたアウトドアを満喫するのが通常であります。しかし、私の場合、長良川の花火と川泳ぎをした経験しかありませんでした。大きくなれば、それは、それなりに仕方のないことであると納得できるようになりましたが、子供心に友達の家族がとても羨ましく思えてなりませんでした。いろんな家庭環境はそれぞれ違うということを理解することであります。両親が揃って健在なだけでも、有難いことであります。両親への感謝を忘れてはいけないと思った次第であります。


 『魚心あれば水心』ということわざをご存知でしょうか?これは相手が好意を示せば、こちらも好意を持って対応しようということであります。生きるという事は、人と人とが『共生』することであります。諸法無我と申しまして、「すべては2つ以上の物からなっており、お互いの繋がりの中で助け合っている」ということであります。私たちが生きるという事は、好きであれ、嫌いであれ、『共生』することを避けてはいけないのであります。


 どんな人にも「仏の心」があるのでございます。戦後の日本は何もない状態から懸命に努力し立ち上がり、人それぞれが『共生』しているという意識があり、互いに助け合い、励まし合い、苦難を乗り越え、現在の姿があるのでございます。東日本大震災後はボランティア活動も盛んに行われました。しかし、国家の復旧活動の遅れが心配であります。また、国を上げてボランティア活動をするという風潮よりも、個人での活動という印象なのは、少し残念に思われます。現在の日本人は助け合うという気持ちが薄らいでいるように思えてなりません。これが、戦後と現在の違いと重く受け止めております。新約聖書にあるように、「隣人を自分のように愛しなさい」という教えもございます。人を愛し、自然を愛し、この広い地球上の全てを愛して生きることが大切であり、そういう世界観を持つべきであると考えております。


 何故、このテーマを出したかと云いますと、私が会社で働いていた時のことです。某県立病院の階段の壁に『魚心あれば水心』という掛け軸がかかっておりました。毎日、掛け軸を拝謁し、公務員の先生方は言いたいことも言えずに、案に『意を察して欲しい』と云わんばかりのインパクトでありました。協力して欲しいということを言葉として発することができないのであります。暗黙の了解のもと、相手の意を汲み、信頼関係を濃厚にしていかなければなりません。また、院内の人間関係も把握していないと、突然、地雷を踏んでしまうこともあります。十分な調査と、そこでビジネスをするために一定の距離を保ちながら、時として相手の懐の奥深くまで侵入しないといけません。ハードルが高ければ高いほど、やりがいというものが強くなるものです。そして、そこでは、人に秀でる『何か』が習得できるのであります。決して諦めることなく、怯むことなく、ひたすら目標に向かい確実に前進すれば、達成は可能であると思っております。1日というのは、感謝、計画、思考、実行、反省、感謝することの繰り返しが、確実に自分の力を高める秘訣であります。


 『魚心あれば水心』ですが、相手に好意がなくても、こちらが好意を持って、ことを為せば難攻不落はないと思っております。こんな経験があります。静岡県のある病院の成績が悪く苦戦しておりました。糖尿病専門医のいない一般心療内科で実績を上げることは極めて難しいことであります。内科部長さんに何度、面会してお話をしても、まったく無反応の状況がしばらく続きました。いつも話の途中で名刺やパンフレットをゴミ箱に捨てるという、なんとも、お行儀の悪いドクターでありました。そして、なぜ話を聞こうとしないのかという理由は簡単であります。専門医でないため興味が無いからであります。専門医はいなくても、糖尿病のペイシェント(患者)は数多くおられます。もうこうなったら趣味の話から進めてみようと思い、ゴルフか釣りなどで探りを入れたところ、バスケットが趣味であることが判明しました。そんなある日、面会時にドクターより突然バスケットシューズを持っている?と聞かれ、そんなこともあろうかと思い、車に常備しておりました。今日メンバーが足りないから入ってくれないかと言われ、下手ですが、いいですか?と答えたところ、メンバーさえ揃えば試合ができるから下手でもかまわない言われ参加することになりました。そんなことで、みるみるうちにドクターとの距離が急接近しました。攻略方法はいろいろあります。製品の良し悪しは、学術的、論理的、画期的な側面があり、利便性、収益性、安全性などの特徴に加え、個人の持つ人間性、信頼性、安定性であります。そして、すべては共通の価値観がなければ人間関係の構築には即効性を欠きます。結局、好意がなくても、こちらが粘り強くアプローチをすれば、必ず報われると思っております。


 今月、秋季彼岸先祖法要会がございます。この大自然の恵みにより、私たちは、今この世で生かされております。そして、両親のおかげで現在の自分自身が存在します。そして、両親の親、すなわち、ご先祖様のおかげで今の命を頂いております。従いまして、ご先祖様、両親、大自然に感謝をしなくてはいけません。お彼岸は、特にご先祖様に感謝して、お墓参りと彼岸先祖法要会に参詣されることをお勧め致します。


 お釈迦様は、すべての人が避けることのできない様々な悩みに対し、「生きる事は苦に満ちあふれている。それは、あらがいようのない真理である。だから、生きることが苦しいのは当然とも言えるのだ」と説かれています。このように云われると、とても切ない気分になりますが、お釈迦様が伝えたかったのは、その解決をする方法であります。辛さや苦しみから解放され、心穏やかに生きるための方法を、尊い仏教の教えとして私たちに残して下さったのであります。


 仏教の出発点は、「一切皆苦(人生は思い通りにならない)」を知ることから始まります。なぜ苦しみが生まれるのでしょうか?仏教ではこの原因を、「諸行無常」で、「諸法無我」という真理にあると考え、これらを正しく理解した上で、世の中を捉えることができれば、あらゆる現象に左右されることなく、心が安定した状態になる。つまり、苦しみから解放される、と説かれております。これが、目指すべき『涅槃寂静』(仏になるために仏教が目指す『悟り』)でございます。


 法華経の教えでは「なぜ苦しみが生まれるのか」「どうすれば苦しみから解放されるのか」と思った時に、お釈迦様は「生きるという事は思い通りにならないものだから、何よりも大事なことは『執着』を捨てることである。執着を捨てれば涅槃に達することができるから、そのための修行しなさい」と説かれているのであります。その修行は、『八正道』(苦を滅するための実践方法)と呼ばれる八つの正しい行いをすることが重要であります。


 ものごとには、必ずそれが起こった原因があります。原因に何かの関係が縁となって加わり、結果を生み、報いがあるのであります。一切の現象はこういった因縁の相互関係の上に成り立っているので、絶対的なものや不変なものなどは皆無であります。法華経では、このことを『因果の二法』と申しております。原因があるから、その結果が出るということであります。善因善果、悪因悪果であり、苦しい思いや、辛い思いには、必ず原因となる『悪因の種』を蒔いてしまったという事実であります。悪いところは、即、悔い改め、『悪因の実』を取り除き、『善因の種』を蒔くことが大切であります。


 そもそも人間は、ものごとが思い通りになるものと勘違いをしているのであります。しかし、ほんの一部分は叶ったとしても、その全てが思い通りにはならないということであります。それにも関わらず、人間はありとあらゆるものごとへ不変を望み、そこへ執着してしまいます。法華経では、この『執着』によって苦しみや悩みが生じると説いております。煩悩は因と縁があるから生まれるものであり、それらの原因を取り払えば、煩悩もなくなります。苦しみに満ちたこの世界は、全ての人の心が生み出していると思うのであります。


 安らかに生きるために、大切な事は、物事に拘らないこと、偏った見方をしないこと。さらに、この世の全ては、お互いに関係し合い、つながっているのだということを理解することであります。全てが縁によって成り立っているから、自分以外のものへの「慈悲の心」を持って接し、瞬間々々を尊く生きることを目指すべきであると思います。


 この世で生かされている『いのち』で一日一日を大切に生きること。そして、自分本位ではなく周りの人への思いやりを持って行動することは、苦しみの原因である執着を無くすことにもなります。これが、お釈迦様の大仏智であり大慈悲であります。お釈迦様は、全ての人々を慈しみ、苦しみから解放され幸せになれるようにと願い、教えを現在に残されたのであります。私たちには、お釈迦様の説かれた経典の最高峰と言える『法華経』の縁に触れ、正しく理解し、実践することが最も大切となってまいります。


 法公先生の銅像も順調に進捗しております。基礎である土台もでき、周りの御影石も、すっかり納まりました。後は銅像の型取りを残すばかりであります。皆様の厚いご寄付の賜物でございます。深く感謝申し上げます。12月の竣工式典に間に合うように着々と進めて参ります。ご信者の皆様にはさらなるご支援・ご協力をお願い申し上げます。


 教祖・杉山辰子先生は行住坐臥(ぎょうじゅうざが)南無妙法蓮華経と唱えることが大事と云われております。そして、布施、持戒、忍辱、精進、禅定、仏智の六波羅蜜の修養をし、功徳を積むことが大切であります。そうすれば、不慮の事故や災難、病気から逃れることができる。そして、三徳の実践。終始一貫、功徳を積むことが『積徳』であるとおっしゃっておられます。私たちは、教祖・杉山辰子先生を良きお手本とし、三徳『慈悲』『誠』『堪忍』の実践により、自分自身の徳の器を大きくすることと、八正道と六波羅密の修養が、いかに大切なのかお解りいただけたと思っております。私たちが、『すばらしき人生』と云える、その日まで、積徳の人生をひたすら歩むべきであります。


合 掌


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