早いもので今年も残すところ後二ヶ月となりました。まだまだ、やり残したことが沢山ありますが、時の速さに取り残されそうであります。こう思うと一日一日を大切に生きるということが、いかに人生を充実させることと思われてなりません。人生を八十年とするならば、二十歳までは『学問の勉強』であります。六十歳までは『生き方の勉強』であります。最後の二十年は、今まで歩んだ足跡の反省と、自分という人間を完成させるための『悟りの勉強』であると思っております。こんなふうに考えますと、人生とは、天寿を全うする、その日までが勉強なのであります。
以前、サラリーマンで営業していた頃のことですが、最初に入った会社は中堅会社で社内、外で激しく競争するというカルチャー(文化)はあまりありませんでした。和気藹々とした雰囲気の中で、上司、部下、先輩、後輩の垣根が低く、どちらかといえばアットホーム的な部分が多く、夏はバーベキュー、冬にはスキーと有志を集い行ったものでした。そういうことで信頼関係を構築するような環境でありました。とても良い会社に入社したのですが、ある時、転機が訪れ転職したのであります。まだ子供が二歳になる前でしたので、失敗したら後が無いというぐらいの一大決心のもと、大げさですが、万が一失敗したら、路頭に迷い、一家離散も想定の上で覚悟を決めて転職したのであります。人間というのは崖っぷちに立たされないと、自分の本当の力を出せないのであります。
外資系の会社と聞くだけで、外人の中に日本人が数人というイメージですが、入社してびっくりしたのは、内資系の会社以上に人と人との絆が強いことを感じました。本社も海外に拠点を置き、日本の社長も外人ときたら、個人個人が結束を深めないと、大きな波に飲み込まれてしまうのであります。しかし、自分が思っていたイメージ以上の会社に入れて本当に良かったと思っています。つくづく会社というものは、人が創るのであると実感した次第であります。
さて、静岡で営業課長としていた頃のことですが、転職でK君が中途採用で入社してまいりました。三十歳前後でしたので、MRの基本は出来ていると思い、細部までの指導はしないまま、大病医院のビッグユーザーを担当させることとしました。この施設では、もうすでにドクターとの人間関係が私の担当していた時に出来上がっており、二代目の優秀なMRが引き継ぎました。そして、彼は、そのお役目を終え、更なる飛躍を期待し将来の幹部候補として頑張って頂くため、中央に転勤してもらいました。その直後であったので営業経験のあるK君にすべてをゆだね担当をしてもらいました。
成長ホルモンの治療がご専門でしたので、院内シェアを確保するために投入したのですが、担当して暫く経過し、ドクターへ表敬訪問に伺いました。すると、弊社に対するドクターの様子が少し変わったのが見て取れました。K君が何かドクターの逆鱗に触れる行動をとったのではないかと疑いを持ちました。そこでピーンとひらめいたことがありました。K君は大の愛煙家で時々、葉巻のような香りの強いものを好んで飲んでいたことを思い出しました。恐る恐るドクターに担当者の評価を直接聞きましたが、ハッキリとは言ってくれませんでした。そして、ドクターは成長ホルモンの治療だけではなく、禁煙指導もしているという情報を掴みました。やはり、たばこが原因であったと確信を持ったのであります。早速、K君とヒヤリングをしました。「どうも、ドクターは愛煙家を敬遠していると思うよ」「このままの状態で君が担当していたら、確実に実績は落ち込むと思うよ」「君ね、タバコ止められるの?それとも担当変わる?どちらが良いですか?」と確認したところ、「タバコは止められません」とひとこと返事が返ってきました。せめて、一週間とか一ヶ月間の猶予をください。それまでに必ず禁煙してみせますという回答を期待したのですが、非常に残念でありました。私は、この時点でK君は『何もできない人間』 『何も努力しない人間』 『やる気のない人間』という悪い評価が出来上がってしまいました。
中堅クラスで転職するということは、それなりの覚悟があって当たり前と思っておりましたが、正直、私はガッカリした次第であります。おそらく、K君は前の会社も、『自分を変える努力』を何一つしないで、転職してきたのだろうと思いました。そして、メンバーの中で唯一、女性で喫煙しないMRがおりました。しかし、新卒社員でありますし、新人のMRにビッグユーザーを任せるということは、運を天に任せ、彼女と心中を覚悟の上で任せるより他に方法はありませんでした。選択肢は一枚のカードだけであります。
彼女は今はやりの『リケジョ』でありまして、成績優秀で筑波大学でバイオの研究をしてきたそうであります。弊社もバイオでは世界的に名が通っております。そんなことがきっかけで入社したのであろうと思うのですが、本当は営業じゃなくて研究職に就きたかったのかもしれません。
最後のカード新人女性MRに全国で10本の指に入るビッグユーザーを担当させました。正直、ハラハラドキドキの毎日でした。ここで失敗したら左遷は免れないと覚悟を決めておりました。もう北海道でも沖縄でもどこへでも行ってやると思っておりました。しかし、そんな不安とは裏腹にドクターとの距離を徐々に縮め、日に日に彼女が楽しんで仕事をしている様子が感じられました。「どう、ドクターと上手くやっている?」と話しかけると、「少しずつ、感触が良くなっています。大丈夫です」と笑顔で答えてきました。1~2ヶ月程経過し、同行訪問した際には、ドクターの機嫌もすっかり良くなり、良好な信頼関係が出来つつあると実感しました。
半年程が経過した時期より、実績がグングン伸びてきました。K君の前の担当者も優秀でしたが、彼の実績の200パーセント程の進捗となり、頭角を現しました。あらためて、女性の底力は凄いと感心した次第であります。ビジネスと云うものは、相手に気に入られなければ、成立しないのであります。彼女の日頃の活動で伺えることは、真面目でコツコツと取り組む姿勢が良いのであります。指示したことを確実にやり遂げる所に素晴らしさがあると思います。野球で云うならホームランバッターじゃなくても良いのであります。選手に例えるならイチロータイプの人間は必ず成功を遂げるでしょう。プロの選手でも毎日、基本となるトレーニングを欠かしません。その反復練習が最も大事であります。僅か1ミリの差異さえ作らないための練習を継続することが重要となって参ります。彼女のように優秀な社員の恵まれたことに感謝しております。
今まさに、安倍総理が進めている女性の社会進出による、企業の登用は非常に大事なことであると頷けます。国会はもとより、大企業や中小企業まで幅広く求められております。しかし、まだまだ、日本が遅れているのは、女性の管理職が少ない点であります。もともと、女性が働く環境が整っていなかった部分を大いに反省するところであります。今後、日本女性の活躍に大きな期待がかかると同時に、明るい未来に大きく影響を与えることでしょう。
『生きがいのある人生』とは、いったいなんでしょうか・・・?人それぞれ価値観が違うため、生きがいの基礎となる目標(夢・希望)は千差万別であります。ただ、漠然と「やりたいことができる」「やりたいことが最後までできる」と思うのであれば、大きな夢や希望の実現は難しいと思われます。先ず、大事なことは、自己実現のために、自分の中にある目標(夢・希望)を意識することが大切であります。意識することにより潜在意識が芽生えます。その潜在意識の目標達成をするために、こころに強く思う(願う)のであります。そうすれば、潜在意識が目覚め顕在意識となり覚醒します。確かな目標(夢・希望)を持つことが極めて重要であると考えられます。そして、目標を達成するための計画を立て、実行・実行・実行であります。故事ことわざで「為せば成る 為さねば成らぬ何事も成らぬは人の為さぬなりけり」にあるように、どんなことでも強い意志を持ってやれば必ず成就するということであります。できるだけ高い目標にチャレンジして頂きたいと思っています。
皆様には法公先生銅像のご寄付を賜り誠に有難うございます。お蔭様をもちまして、予想以上の法公像が出来上がると確信しております。12月14日(日)は法公先生の四回忌法要でございます。そして、法公像の開眼除幕式も執り行います。どうかご参詣のほど、お願い申し上げます。また、引き続きまして、皆様の厚いご支援を賜りたく存じます。どうかよろしくお願い致します。
『法華経』についてお話しさせて頂きます。お釈迦さまがご入滅される最後の八年をかけ創られた経典であります。お釈迦さまの集大成と云われるほどの『法華経』だから、価値があると思うのであります。私たちは、この尊い『法華経』の縁に触れることにより、毎日を生き生きと過ごす智慧ができるのであります。
現代社会は文明の発達により進化してまいりました。しかし、人間そのものは何も変化していないのであります。人間を取り巻く環境は変わったけれど、人間だけが変わっていない。その為に、そうした未熟な人間を、賢い人間へと変革して行かなければなりません。皆さんがもっている「仏界」という、一人一人の内にある最高の境涯を開発するところに『法華経』の意義があります。
お釈迦さまが仏眼でもって、現世、過去世、未来世と時間空を超えて、衆生を見てこられたそうであります。そこには、煩悩に満ち溢れ、そして五蜀の世の欲にまみれ、執着をむさぼる姿を目の当たりにされ、この哀れな衆生の救済をしようと一大決意をされたのであります。それが『一切衆生の救済』であります。
『法華経』は民衆(衆生)のための経典であります。法華七譬と申しまして、譬喩(方便)が随所にちりばめられております。これは、民衆が理解しやすいため、その人の機根(資質)に合わせて、いろんな譬喩でもって説いているのであります。民衆は譬喩で聴くことにより、能動的に説法を捉え理解を深めることができるのであります。ただ難しい経典を説法として聞いた場合、受動的であり押し付けとなり思考回路は止まってしまいます。従いまして、理解できないということになります。だからこそ『法華経』が素晴らしいのは、お釈迦さまが方便力でもって解りやすく説法されることにより、真理を求めることができるのだから有難いのであります。『現象を通して本質を知る』ことができるためには、『法華経』を深く理解することであります。『法華経』は難解難入と云われておりますが、生涯勉強する価値のある経典と思っております。
教祖・杉山辰子先生は三徳『慈悲』 『誠』 『堪忍』の実践が大事であるとおっしゃっておられます。私たちが日常生活の中で三徳を実践する場所は山ほどあります。いつも三徳を意識して実行する。そして、こころ穏やかに過ごすことは、常に平常心を保つ石杖となるでしょう。私たちは、ご先祖様に感謝、ご両親に感謝、大自然の恵みに感謝して、日々精進することが『すばらしき人生』への門出となるでしょう。
合 掌