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世界平和を
大樹
すばらしき人生6

日本における現代の問題点は、”忘れさられた道徳”にあると思います。道徳とは、人々が、善悪をわきまえて正しい行為をなすために、守り従わねばならない規範の総体であります。外面的・物理的強制を伴う法律と異なり、自発的に正しい行為へと促す内面的原理として働くものであります。大切なことは、『人間尊厳の精神』『生命に対する畏敬の念』であります。現代社会では、人間としての社会性の欠如が、しばしば見受けられる方もおられます。日本は戦争の敗戦国です。しかし、戦後、国民が一致団結し、空前の高度成長により豊かな暮らしを手に入れることができました。ただ、経済的に豊かになることが最終ゴールではないと思います。経済的かつ文化的、そして、変わらぬ信仰心を持ち続け総合的な豊かさが求められていると考えております。しかし、経済の急成長の副作用ともいえる西洋文化や思想の流入により、日本的文化が薄らいでおります。欧米化と共に飽食の時代を迎え、それと同時に病気も増えてまいりました。そして、バブル経済という実体経済とかけ離れた好景気もありました。読んで字の如く”泡”と消えてしまったわけであります。

 私が20歳前後の頃は三無主義が社会現象としてひそかに流行りました。何もしない人間がトレンドという、変な現象が起こりました。いわゆる”しらけ世代”と申しまして、世相などに関心が薄く、何においても熱くなりきれずに興が冷めた傍観者のように振る舞う世代を指したのです。ですから、砂漠のように”乾燥”した社会で何となく生きるという生き方であったように思われます。社会人になり、二、三年たった頃、”セフィーロ”という車で「食う、寝る、遊ぶ」をキャッチコピーに井上陽水氏がテレビでCMしておりました。まさに、世相のごとく”無関心”を売りにしたCMだったと記憶しております。

 道徳というものは、本来、変わるべきではないと思うのですが、社会情勢や景気により、人間の価値観が変わり、自己中心的な考え方が蔓延するようになったのではないかと思われます。そもそも、道徳に対する観方、捉え方、正邪・善悪の価値観などが希薄化しているものだと思われます。これは、ただ学校教育の問題だけではありません。家族による道徳教育が、いかに重要であると私は痛感しております。今、教師の資質の問題が盛んに問われております。したがいまして、”道徳”は親が責任を以って教育すべき事柄であります。

 さて、幼い頃のこんな記憶がよみがえって来ましたので記させていただきます。私が小学生の時、プラモデルが大好きであったと以前ご紹介をさせていただきました。とにかく物を作るのが大好きでした。小学校高学年だったと思うのですが、夏休みの宿題に工作で作品を作りました。それで、何を作ろうかと悩んでおりました。ところがある日、脳裏にピカッ!とひらめきが走り、作成した物が、なんと、船でありました。しかし、ただの船ではありません。船の船体上部にモーターを取り付け、プロペラで航行する画期的な作品が出来上がりました。普通の船はスクリューが水面に入り進みますが、プロペラで風を起こし進む仕組みです。作成するに当たり、簡単な設計図を作り、ベニヤ板をノコギリで切り、部品は全部自分で作りました。しかし、船体を作る時、実際の船にように船底に向かい湾曲させて作らなければなりませんでした。しかし、小学生の私では非力でうまく曲がらないため、法公先生に手伝っていただきました。先生は力を振り絞りロウソクの熱を利用し曲げていただいたと記憶しております。船体はボンドで接着し船上に操縦室とモーターとプロペラ、そして、船底に乾電池のBOXを取り付け、あとは色を塗り、ようやく完成となりました。今から考えると何も一枚の板で船体を作ること自体、無茶であったと思ったわけであります。もともと船は何枚かの板を重ねて曲線を出すわけでありまして、当時、自分の知恵の無さにあきれる次第でありました。

 しかし、お蔭さまをもちまして、この作品はみごと入賞し、市役所に長い間、展示されました。いまでも、法公先生が形相の顔で、こん身の力をこめ、船体の側面の板を曲げていただいた記憶が鮮明に残っています。意外と船の形を作るのは、難しいものであると改めて認識した次第であります。今から思うと、50年程前の作品であり、現在では、フォーバークラフトなど、プロペラで航行する船は当たり前の時代となりましたが、我ながら見事な傑作ができたと、当時は思ったものでした。

 そんな少年期もあっという間に過ぎ、いつの間にか大学生になりました。私自身、大学生活がこんなに楽しいとは想像もできませんでした。友達と自称、旅研同好会をつくり、年に数回旅行をしたわけであります。当時、私たちは、物質的に豊かな時代に育った反面、プロレタリアにあこがれ、その影響もあり、バイトで費用を稼ぎ旅行をしました。とにかく節約することを基本とし、コンセプトは”お金を使わない旅”を一生懸命、研究しておりました。北は北海道から南は山口県まで旅行を致しました。九州も計画しておりましたが、残念ながら行けませんでした。

 ある日、鎌倉へ旅行に行くことが決まりました。そこで節約できることは、交通費、宿泊費、食費となります。まず、交通は国鉄(現JR)で行くことが決まりました。名古屋を11時頃出発の夜行の鈍行電車の東京行きに乗ることになりました。交通費を節約するのが目的ですので、当然、在来線を使い学割乗車券で行きました。朝五時前に伊勢佐木町駅に着き、港の見える丘公園(山下公園)まで歩き、少し仮眠を取りました。新聞紙を敷いて寝ていると蟻が顔の上を這い回り目が覚めてしまいました。何となくホームレスの気分が理解できたような気がしました。そして、いざ鎌倉へと行きました。どのような順番で廻ったか記憶が定かではありませんが、あの源頼朝ゆかりの神社である鶴岡八幡宮、高徳院(大仏)、長谷寺、あじさい寺、極楽寺といろいろ神社、仏閣を見学しました。そして、あの有名な、あこがれの江ノ電にも乗り、由比ヶ浜で海水浴をし、江ノ島までは行きませんでしたが、車中一泊二日の小旅行を経験しました。とても楽しむことができ、節約できた旅であったことに十分満足したわけであります。今では当たり前のように夜行バスがありますが、40年程前は殆どありませんでした。六時間かけ横浜まで行くのも、なかなか面白いものです。友人とのコミュニケーションでは十分すぎる時間があります。それもこれも旅の醍醐味かも知れません。

 人間にとって”節約は美徳”であります。物を大切にすること。無駄使いは止めること。”足るを知る”ことに感謝をする。そういう生き方が素晴らしいと感じるようになりました。

 また、ある夏休みに北海道へ旅行に行こうと計画しました。ほぼ半月かけ北海道半分を旅行することが決まり、旅が始まりました。本来なら、飛行機で行くのが一番効率的ですが、当時は飛行機代が高く、現在のように早割やLCCもありませんでした。今回も国鉄(現JR)の学割周遊券で旅行をしました。東京まで夜行の在来線で行き、東北本線の特急「はつかり5号」で青森まで十何時間以上かけ、青函連絡船で函館へ着いたらすでに朝でした。初めて、本土を離れ北海道の地に足を下ろした時、何故か感動をしました。北島三郎の歌「はるばる来たぜ~函館~」と思わず口ずさんでしまうほどでした。津軽海峡を挟み、本土の下北半島の眺めが景観でありました。函館より道南を反時計回りに、襟裳岬、摩周湖、知床半島、網走、層雲峡、旭川、札幌と名所を観光致しました。交通費は、学割周遊券なので格安でした。そして、宿泊は殆どユースホステルを利用しました。とにかくユースは一泊2,500円前後で朝食付きと超格安でした。通常ユースホステルは、連泊は二日までという規則があるのですが、なぜか網走ユースでは三連泊ができました。私たちは「囚人の部屋」という何とも奇妙な部屋に泊まらされました。そこには、二週間ほど連泊している主がおりました。部屋は狭く、四、五名の雑魚寝でしたが、知らない方と縁があり、何とも不思議な感じでした。そして、その主はとても親切な方で網走の観光スポットや穴場をいろいろ教授していただき助かりました。まあ、こんな感じで二週間の北海道半周を無事終え帰路に着いた訳です。費用はお土産付きで5万円程でした。私たち旅研的に十分満足のできる成果が得られました。”節約は美徳”であります。

 釈迦(ブッダ)の尊いお言葉に『善をなすのを急ぎなさい。善をなすのにのろのろしていたら、心は悪を楽しむようになります』とあります。ただちに良い行いをしなさい。そうしないと、人間というのは、煩悩に負け良い行いができなくなってしまう。ということであります。経本の寿量品の中に『常説法教化、無数億衆生、令入於仏道』とあります。お釈迦様がこの素晴らしい教えを、常に説き続け、数億の何倍もの人々を導いて、仏道に至らせてきたのであります。

 私たちは、この尊い法華経の縁に触れ、偉大なるお釈迦様の説かれた『因果の二法』という、原理・原則・哲理に基づき、日々の暮らしの中で『三徳』の実践をされておられると思います。私たちが何億の人々を救うことはできないかも知れません。しかし、お釈迦様が最後に説かれた法華経の偉大な力を信じ、今すぐにでも、『慈悲』『誠』『堪忍』を行なうことが極めて重要と思います。この大自然の恵みに感謝し、”足るを知る”を正しく理解し、生かされているということを実感し、今日のあることに感謝を致しましょう。そして、皆様が”すばらしき人生”であったと体感できるように精進をして参りましょう。


合 掌


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